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「聞いたぜ、お前――」

 長身を折り曲げるようにして、男はルトヴィカを見下ろした。髑髏を連ねた銀の首飾りが、ジャラジャラと音を立てて揺れる。

「天使に怒られたんだって?」

 からかいを多分に含んだ口調だった。ルトヴィカは努めて素知らぬ顔で、足元の花を弄った。

「髪型を気にして外に出ようとしないなら、いっそその長い髪を切れ――だったか。いやすげぇなお前の守護天使。ホント、神をも恐れぬ厳格な天使サマの異名は伊達じゃないねえ。惚れるぜ」

 男はルトヴィカの雪のような白い頭を指先でつついた。高い位置で結われ、大ぶりの簪が挿されている。白の薄絹を重ねた衣に包まれた身体は華奢だった。

 男の手を払い除けながら、ルトヴィカは拗ねたように言った。

「女神に向かって、そういうこと言うかしら、普通」

「だから左遷されてきたんじゃねーの? 主神の守護天使から、最弱の死神の所へ、さ」

 今この神界で<死神>の称号を持つ神は二人いる。一人は言わずと知れた、現在ルトヴィカをからかっているこの男。名をフィアースという。常に黒いローブを頭からすっぽり被り、ごてごてしい銀の装飾具を身に着けた痩身の青年だ。だらけた態度が目につくが、実はかなり優秀な神で、太古の抗魔大戦時代の英雄の一人である。神界の住人に死神は誰かと問えば、全員が彼の名を口にするだろう。それだけ有名、というより、死神が二人いることを知らない者が多い。実際、ルトヴィカを知っている者ですら、彼女が仕事をしている所など見たことがない。

「で、そのおっかねー天使サマはどこ行った?」

「顔も見たくないからどこかへ行ってとお願いしたの。そうしたら何て言ったと思う?」

「私と顔を合わせることができないくらい、己が恥ずかしいと自覚していたとは驚きです――ってところか?」

「すごいわ、聞いてたの? その通りよ! だから私が外に出たの。ここなら入って来られないから」

 神は他者に対して様々な権利を持つが、その一つが縄張り権だ。お気に入りと定めた場所には、本人の許可を得ない人物は立ち入ることが許されない。ルトヴィカのお気に入りの花園は、近頃は専ら彼女の天使と喧嘩した時の避難場所として使われている。

「あんまり嫌だって言うなら、守護天使の変更願いを出してみたらどうだ?」

 彼女は渋い顔で目を伏せた。

「とっくにやったわ。でも彼の次の受け入れ先が決まるまで時間が掛かるそうよ。それまで替えることはできないと……」

「なら……」

 今までと違う真剣な響きを感じて見上げると、フィアースは底知れぬ穴が開いたような黒い瞳をしていた。思わず姿勢を正して聞く。

「殺すか?」

 提案はあまりにも馴染みのある言葉だった。あらゆる生命を刈り取るのが彼らの使命であり、存在理由である。時が来れば相手が神や天使とて例外ではない。

「それ、は……」

「元主神の守護天使をターゲットとするなら、ちょっと過激にいかねえとなあ? ま、俺が代わって処分してやってもいい……天使を狩るのは久々だしな」

 躊躇わずに処分、と言う。実際、過去にフィアースは彼の守護天使であった者を気に入らないという理由で殺している。

 ルトヴィカは反射的に頭を振った。

「フィアース、そんなことしたら……えと、い、痛いと思うの。お互い。相手が神だって全然容赦しない人だし、私なんてしょっちゅうお説教されるし、もしかしたら貴方も無事では済まないかも」

 普段仕事をしないで気ままに過ごしているがゆえに怒られている彼女だが、いくら鬱陶しくとも己に仕えている天使に死んでほしいとまでは思っていない。

 しどろもどろに庇うと、フィアースは途端にだらけた態度に戻った。だが、その瞳は未だ皮肉げな光を放っている。

「そうかい、お優しいこったな。その天使サマのおかげでお前、ちょっとまずいことになってんぞ」





 死神としての能力に疑問あり。

 主神殿に呼び出された彼女は、そこに勤める天使から渡された書状を読むなり青ざめた。そこに書かれていたのは、いかに彼女が与えられた職務を放棄しているかといった報告書。誰の手によるものかなど、聞かずともわかる。

「つきましては、ルトヴィカ様には、下界にて勇者級の魂を一つ以上刈り取ってきて頂きます」

「勇者級……ですって……?」

 魂には格がある。澄んだ輝きを持つ魂ほど、その器となる人物の実力も高い。勇者級となると、下界に溢れる魔獣はもちろんのこと、中、上位魔族にすら対抗できるだけの力を持つ。さすがに神よりは劣るが、何せろくに仕事などしたことがないルトヴィカである、果たしてそんな相手の生命を奪うことができるかどうか。

「主は大層お嘆きでいらっしゃいます。出来ぬ場合は、残念ですがルトヴィカ様。貴女様には神界を出て頂くようにとのご命令です」

「な……な……」

 言葉を詰まらせる女神に同情を込めた視線を投げ掛け、主神に仕える天使は言った。

「期限は三ヶ月。なるべくお早めに行動に移られた方がよろしいかと」

 顔を覆った女神に一礼すると、天使は部屋を出ていった。


 窓にはめられたステンドグラスを通して差し込む光が、床に模様を描いている。ゆるゆると手を下したルトヴィカは、ぼんやりと外に視線をやった。神界には夜がない。常に光に照らされた喜びの世界。風は穏やかで、加護を受けた大地は多くの実りを生む。ここでずっと生きていくのだと思っていた。

「――――エーベルハルト」

 殺すか?

 フィアースの声が蘇る。

 ――あの天使は、どこにいる?

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