7 君との間は広がるばかり、それでも・・・
あの日、桜歩兄の白妙になると決めたあの日。
女の墓場と言われるこの場所に骨を埋めようと、そう…決めたんだ。
次代の天姫である桜歩兄の嫡男、竜里はいまだ二歳。
遊女屋である天姫殿を継ぐための最低年齢は十二歳とされている。
あと十年、そんなにも長い間、天姫殿は当主不在のままでいるわけにはいかない。
竜里が跡目を継げるようになるまでの十年間、竜里の代わりの、仮の天姫を立てねばならない。
そしてその白羽の矢は、桜歩兄の従妹であった俺へと向けられたのだった。
ゆったりと、鳴りやむことなく鈴の音が響いている。
はっきり聞こえる音の大きさでありながら、決して煩いということもない、心地よい涼やかな音色。
今宵は、仮の天姫、継承の儀。
裾を引きずる形に着つけられた女物の着物に身を包み、
いつもはそっけなく一つに結われているだけの緋色の髪は煌びやかな簪を用いて、
華やかに結いあげられている。
彼の容姿は大変美しく、身につけているものも申し分なく美しいのだが…。
「なんと言うか…すごい恰好だな、白妙。」
私の言葉に、彼は遠い眼をする。決して不格好というわけではないが…なんというか、派手である。それもそのはず、天姫継承の儀に代々使われてきたと言われるその衣装は、
当たり前のように“天姫”となるものに似合うように作られている。
代々天姫は、薄紫の髪と濃紺の瞳を持つ今宵野家の嫡男に受け継がれるもので。
しかし今宵、仮の天姫となる彼…白妙の役職についこの間まで就いていたこの少年は、
今宵野家の血縁でありながらもやはり直系ではないからか、
色素の薄い薄紫の髪とは似ても似つかない鮮やかな緋色の髪をしている。
そのようであるからには彼はもともと“天姫”としては格段に鮮やかな色合いであるからに、
その華やかな衣装が派手に映ってしまうのだ。
ゆるく手を振りながら、彼は私に背を向ける。
継承の儀へと向かう彼の姿が私の視界から消えたとき、私ははたと気づいた。
私は彼を、“白妙”と呼ぶことしかできない。
しかしそれは役職の名であって、彼の名ではない。
今から執り行われる…私のような禿が出席することを許されてない継承の儀が終わると、彼は白妙ではなくなってしまう。
天姫に、なる。
それは手の届かない、天女様。
わけがわからないまま、荘厳かつ華やかな継承の儀も終わり、俺は自室へと帰ってきた。
もちろん最初に行うのは、煌びやかで綺麗すぎる、俺には似合わないこの衣装から着替えること。
いつもの男物の着物に着替え終わったころ、部屋の外から控えめに声が掛けられる。
「天姫様、入室よろしゅうございますか。」
天姫様、そう呼ばれることに、きっと俺は慣れることがないだろう。
俺にとっての天姫はやはり桜歩兄でしかなくて、それを継ぐのは竜里でしかないから。
俺の了承とともに部屋に入ってきた乙衣さんは、俺の格好に目をとめ、眉間にしわを寄せる。
確かに仕事時間内は天姫の衣装でいるべきなのかもしれないが、継承の儀当日である今日は人前に出る仕事もないし、今日だけは見逃してくれてもいいと思う。
そんな俺の心の声が届いたのか、乙衣さんは眉間にしわを寄せただけで何も言わなかった。
「本日は継承の儀、お疲れ様にございました。たいそうご立派にあられましたよ。
そして、さっそくで申し訳ないのでございますが、天姫不在の折にて滞っていた書類がございます。
目を通しておいてくださいませ。
それでは私はこれにて。」
そう言って乙衣さんは部屋から出ていく。
彼が置いて行った書類を、上から順に目を通す。
1枚目は、とある遊女の身請けの話。
二枚目は女衒がまた二人ほど娘を売りに来るという知らせ。
そして三枚目は…雪葉の水揚げの話。