4 世界の終焉に踊る
彼が好きだった純白が、はらはらと空から舞い落ちる。
まるでその様は天使でも舞い落ちそうで、とても神秘的。
「え…今、なんて…。」
天姫の身の回りの世話をしているものから、もう一度同じことが伝えられる。
それを聞いた途端、情けないことに俺はその場に座り込み、動けなくなってしまった。
十一年前の、俺の両親が亡くなったあの日。
家族を失った俺の新しい家族。
桜歩兄が、亡くなった。
俺はまた、置いて行かれてしまった。
天姫殿の大きな桜の木。
裏の遊女屋、表の料亭。
その二つを分ける、大きな、大きな、桜の木。
彼は、“桜”という字をその名に持つだけあって、その花によく似ていたように今になって思う。
桜とは、春の象徴であると同時に儚さの象徴でもある華。
知ってた、知ってた。
いつか、こんな日が来てしまうこと。
彼は俺よりも年上だったし、二十歳までしか生きられないと言われておきながら、二十三の歳を迎えた。
天女は、楽園へと帰った。
俺を、置いて。
「姉さん、姉さん。」
私は自分の前を歩く麗しの美女を呼ぶ。
もちろん彼女は、私の本当の姉ではない。
遊女見習い…禿の私に、遊女となるためのいろはを教えてくれる先輩遊女だ。
「どしたんだい、酔夢。」
白妙がつけてくれた、私の源氏名。
あれから何度か白妙の本名を知ろうといろんな人に聞いてみたり、本人に聞きに行ったりしたけど結局誰も教えてくれなかった。
そんなうちに桜歩……天姫がなくなり、天姫殿は騒がしくなり、白妙の姿を目にすることがなくなった。
「なにやらいろいろと仕切っているあのおじさんは誰ですか?」
私がそう聞くと姉さんは口元に人差し指を当てて、静かにするよう言う。
「あの方は先代の白妙様や。
去年代替わりしたときに隠居しはったんやけど、ほら…天姫様が亡くなられたやろ?
それで幼い今の白妙様はえらい弱られて、今は奥に引っ込んどるやない。」
姉さんにそう言われて、初めてここ数日白妙を見かけなかった理由を知る。
と、言うか…幼い?
「あの姉さん、白妙…様って、天姫様と御歳が変わらないのでは?
でしたら幼いはおかしい…。」
「何いうてんの、あんた。
天姫様は二十三歳やったやろに。
白妙様はあんたとさほど変わらんで。
あの方は十六歳のはずやけんなぁ。」
じゅうろく、さい。
私の年が十四歳で、白妙の年が十六歳?
ということは二つしか変わらない…?
「まぁ白妙様と天姫様はとても仲のいい従兄弟やさかい、
白妙様が自室にお籠り遊ばせてまうんも無理ないかもしれへんね。」
こそこそ、忍び足。
あのあと姉さんから白妙が籠もっているという場所を聞いた私は、仕事を抜け出してその場所へとやってきた。
いけないことだとはわかってる。
だけど茫然自失となっているという彼の様子がどうしても気になったんだ。
天姫殿最上階、最奥にあるその部屋で、彼はただ泣いていた。
いつも高い位置で結ばれている緋色の髪は肩から背中へと流れ、まるでその様は幼い子供。
「何をしにきたの」
後ろを振り向くことさえせず、彼は言葉をつむぐ。
ただ静かで、痛々しい彼の様子に、私は何も言うことができない。
「帰って。今は仕事の時間でしょう。帰って。」
彼はちらとも、私を見ようとしない。
ただそれが彼の傷ついた心を現しているようで辛い。
「何で私を見てくれないの」
普段よりもずっと小さく見えるその背中に問いかける。
こっちを向いて、私を見て、私を………呼んで。
「桜の色が、嫌いだった。あの華が咲く季節に俺は独りになったから。だけど………。」
ゆらり…。床ばかり見ていた彼の視線が宙をさ迷う。
まるで何かを思い出すかのように。
「桜歩兄は、名前の通り桜に似ていた。
儚くて美しくて、大きな大きな、あの桜の木に。」
宙をさまよう彼の視線、彼はきっと、桜歩のことを思い出している。
「俺が独りになったあの日、桜歩兄が一緒にいてくれるって言ってくれた。
だから俺は独りじゃなくなったのに…また俺は独りになった。」
そう言って彼はうつむく。
何があったのかはわからないけど、姉さんが桜歩と白妙は従兄弟だと言っていた。
おそらく白妙は、ここに引き取られてきたんだろう。
親を失って。
だから、独り。
そんな白妙と一緒にいてくれたのが桜歩だけだったから、“また独りになった”。
「じゃあ私が、白妙と一緒にいるわ。」
するりと自然に言葉が零れた。
本当は、最初からわかっていたのかもしれない。
私がいつも白妙を見つけてしまう理由。
それはとても単純で、それでいて奥が深い。
「白妙が好きなの。」
私は貴方を、独りにはしない。