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2 何よりも白くない、白い存在

天姫殿の廊下で見かける。よく、見かける。

炎のような、緋の色。

深く、暗い、濃紺の瞳をしていながら、なんであの人はあんなに鮮やかな色を持つのだろう。

そのくせ彼は、白妙、という色のない名を名乗った。



「はーい、雪葉ちゃん。

外に見たいものがあるのはわかったから、今はちゃんと琴の練習してねー」



やる気のない調子で桜歩――――天姫はパンパンと手を叩く。

白妙と同じ、濃紺の瞳。

しかし桜歩の髪は薄紫で、白妙の髪のように鮮やかな色合いではない。

病弱なことも相成って、今にも桜歩はゆらり消えてしまいそうだ。



「白妙は…なんであんなに白いんだろう。」



風通しを良くするため、開け放たれた桜歩の部屋の襖。

もう夏も終わり、心地の良い秋の風が、部屋の中へと入ってくる。

そのさらに向こう側、庭を挟んだ向こうの廊下にくるくると動き回る、緋色の髪を持つ男の姿が見える。


白く、妙なる存在。

妙なるとは何とも言えないほどの美しさを言う。


その白妙という名を、体現したかのような、鮮やかな髪色ながら、空気のように目立たない男。

それなのになんで、私は彼を、いつも見つけてしまう?



「白妙が…白い、ねぇ…。

まぁ肌は白いけど、こんな仕事していると日中日に当たることもあんまりないし、それは仕方ないんじゃ…」


「そうじゃない。」



そうじゃ…ない。


「なんで白妙は、透明というか、白いというか、なんていうか…。

まるで…空気のようなんだ。

それなのに、なんで私は彼を見つけてしまうんだろう・・・」






















うちの見世が買い取った新しい娘…雪葉はえらく白妙をお気に召してしまったらしい。

それにしても彼女の言う『白妙は白い』というのが僕にはまったくわからない。

髪は緋色だし、瞳は濃紺だし、腹の中は真黒だし…。



「ねぇなんで雪葉は白妙が白いと思うの?白妙とかとっても腹黒い・・・ナニモイッテナイデス。」



壁に耳あり、障子に目あり!


もともとうちの店は実働にあたっている最高責任者が白妙なので、白妙に情報が回りやすい。

……天姫は僕のはずなんですけどねー。

まぁあいつが『白妙』なんだから仕方ないんだけど。



「白妙を、白いと思う理由は私にもわからない…。

それでもなぜか、白妙は白いと思う…。

桜歩はなんで白妙が白いかわかる?」



いや、僕が最初に聞いたんですけど…。



「僕は白妙が白いと思わないのでわかりません!

それよりも、桜歩じゃなくて天姫って呼んでね。

まぁ、そんなに気になるなら、三十分休憩をあげるから、本人に聞いてきたらいいよ。」



僕の言葉に雪葉は白妙にくぎづけだった視線をパッと僕に向ける。



「ありがと、天姫っ!私、聞いてくるっ!」



あわてた様子で雪葉は出て行ったが、僕にはどうしても白妙が質問に答えるとは思えなかった。

だって白妙は仕事中に無駄口叩くようなこと嫌いだからね。


完全に僕の視界から、雪葉が消えて、僕の視線の先に見える白妙のいるあたりに雪葉が現れてから気づいた。



「もしかして……白妙のとこ行けって言ったの、まずかっ…た…?」



本人が言わないから忘れてたけど、白妙は、桜やその色をひどく嫌っているんだ。





















桜歩兄が生まれた日に植えられたという、天姫殿の桜の木、

その下に泣いている子供がいたのは、いつのことだっただろうか…?



「白妙っ!」



騒々しい声に自分を示す名を呼ばれ、俺は眉間に皺を寄せて振り返る。

長く癖のない髪を揺らし、近づいてくる少女。


桜の、色。



「っ!」



思わず俺は息をのむ。あの色に関わる、厭な記憶がよみがえる。

―あぁ、泣いていた子供は・・・誰。



「白妙に聞きたいことがあるんだっ」



走って来たのか息を切らせながら雪葉はそういう。

それよりも今の時間帯、この子は天姫指導のもと、琴の練習に励んでいるんじゃ…?

まぁとりあえず、話を聞こうか。



「何かありましたか?」


「えっと、あのなっ白妙はなんで白いんだ?」



不思議で謎めいたその問いに、俺は思い切り首をかしげる。

まったくもって、意味がわからない。



「私は自分が白いと思ったことも、白いと言われたこともないので、その問いの意味がさっぱりわかりません。

わかったなら自分のすべきことに戻ってください。

私にも仕事がありますので、これにて。」



そう言って、俺は彼女に背を向けて歩き出す。

………いや、歩き出そうとした、が正しい。

だって俺は、彼女に腕を掴まれ、足を止めたのだから。



「桜歩も白妙が白いと思わないって言ってたんだ。むしろ腹黒だって…。」



雪葉のその言葉に俺は心の中で舌打ちする。

あの人、人を腹黒呼ばわりしたんですか、そうですか。

あとできつく言っとかないと。

そんな俺の内心には気づかず、雪葉は言葉を続ける。



「でも私は白妙のこと、白いと思うんだ!

でもやっぱり、誰に聞いてもみんな白妙は白くないという。

それじゃあなんで、白妙は白がつく名前をしているんだ?」



きょとん、そんな形容詞が似合う風に、つまりは無邪気な子供のように、彼女は小首を傾げて訊ねてくる。

なんでその理由を、彼女に誰も教えなかったんだろう。



「白妙が、私の名前じゃないからですよ。」


「……え?」



俺の言葉に、彼女は目を丸くする。大嫌いな桜の色が、俺を見上げる。



「『白妙』、というのは天姫殿における天姫の補佐を務める者を指す名です。

白く妙なる…白く儚い、まるで空気のようにそっと天姫に寄り添い、天姫殿がつつがなく運営できるように力を尽くす存在、それが白妙です。

よって、『白妙』は役職の名であって、私の名前ではありません。」



そう言って、俺の腕を掴んでいた彼女の手をやんわりと説き、俺は今度こそ、彼女に背を向けて歩き出した。



「じゃあ白妙の名を教えてほしい!貴方の、本当の名を!」



彼女の言葉に、俺はゆっくりと振り返る。

大嫌いな、桜色の髪と瞳をした雪葉は、まっすぐ射るように俺を見る。


それでも俺は、やっぱりあの色が嫌いだから。



「教える必要はありません。

貴女にとって、私は白妙以外である必要がないからです。

わかったなら天姫の元に戻り、琴の練習を続けてください。

……あぁ、そうだ。貴女の源氏名が決まりました。」



俺は形だけの笑顔を作り、ゆっくりと彼女に近づいた。



「酔夢。

しっかりと天姫の指導を受け、立派な遊女となることが、ここに売られてきた貴女の使命です。

私の名前だなんて、必要ない。」





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