コーヒーや紅茶が好きっぽい雰囲気
私はコーヒーが好きだ。佐々丘さんもコーヒーが好きだ。
私も佐々丘さんも、コーヒーや紅茶が好きっぽい雰囲気がある。
どんな雰囲気かと言われても答えられないが。
私は砂糖は入れない。ミルクだけ入れる。
濃くも薄くもないのが好きだ。
誰にも言ってみたことはないが、うまい具合の濃さとミルクの加減だと、
砂っぽい、
何か乾いた砂っぽい味がするのだ。
私はそれが好きだ。
佐々丘さんと毎週火曜の夜に会うことにしてから、
私はなぜか他の日にコーヒーを飲むのをやめてしまった。
他の日にコーヒーを飲むのは悪い気がして。
なぜ悪い気がするのかと聞かれてもうまく答えられないし、
佐々丘さんは絶対別の日にも何も思わずコーヒーを飲んでいたと思うが、
私は火曜日以外にコーヒーを飲む気にはなれなくなったのだ。
そんなわけで、その火曜日もやっぱりいつもの駅の地上すぐの喫茶店で
二人でコーヒーを飲んでいた。
最近は話も長くなるので、軽い夕食
(その日は私はサンドイッチ、佐々丘さんはホットドッグ)
もとるようになっていた。
最近どこでめたもうを見たか、前はどこで見たか、
めたもうを見ないにせよ、どんなところで「見そうだ」と思うのか。
そんなことを話し合った。
「ここってめたもうが出そうだなって思うってことは、
めたもうが出そうな場所っていうのを無意識にわかってるってこと
ですよね」
「なるほど。それは当たっているかもしれないね。
それが当たっているとしたら、
めたもうが出そうな場所、というのがあることになるね。
……その線でいくと、時間に関してもめたもうが出そうな時間とか
あるのかもしれない」
「時間と場所を特定できれば……
めたもうはランダムに出るんじゃなくて、
めたもうの出現を予測できるようになるかもしれない?」
私は自分の思いつきに有頂天になった。
「こっちからめたもうを待ち伏せできるかもしれませんよ!
そうしたらめたもうを-考えたこともなかったけど-めたもうを、
つかまえられるかもしれない!」
私がほほを紅潮させて興奮しているのを見て、佐々丘さんは、
初めはびっくりして、次ににっこりと笑った。
佐々丘さんは最近は、私とこの店にいるとき、
テーブルの上に眼鏡を置いて、
それを左手でカタカタ動かして、
話しながらもてあそんでいたりする。
そのときも、眼鏡を外していて、
あの細い目をいっそう細くして笑ったのだった。
佐々丘さんは口だけで笑うことはない。
むしろ口はへの字だったのが少し柔らかくなる程度で、
主に目で笑う。
「そうか……。杉浦さんはやっぱり僕に比べると
めたもうをあまり見ないんだね」
「え……」
「僕の場合は嫌でも毎日帰りにあのエレベーターのとこで見るし、
そうでなくても一日に何回も見る」
と言った。
「そんなに……? 一日に何回も見てるんですか? 知らなかった。
私はせいぜい一週間に一回しか見ないから。それも東京に来てから
一ヶ月くらいは一度も見ませんでした」
私がそう言うと、佐々丘さんは、
「ふーん。そうなんだ」
と言って、テーブルに片ひじついて、コーヒーを飲んだ。
私も「……」と、両手でコーヒーカップを持って、
うつむくように飲んだ。
そのときのコーヒーの味は、確かざらざらとした泥のような味だった。
と言っても泥を飲んだことはないけど。