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東京ドームにて(3)

佐々丘さんにとって、私との出会いは

そんな意味があったとは知らなかった。


佐々丘さんは、今日ですべて終わるのだから、と、

何もかも話してしまう態勢に入っていて、

次の句を継いだ。


「天使、君が天使に見えた。

僕を、この死刑宣告を受けている僕を

救いに来てくれたと思った」


その単語に私は反射的に聞き返した。

「え? 天使!? 天使ですか?」


私はなぜかグラウンドを見て、

まだ一塁ランナーが盗塁せずにそこにいるのを確認してから、

また佐々丘さんの顔をまじまじと見た。

こういうことを真顔でさらっと言ってしまう男なのだ。

他の人が言ったのならただのきざなセリフだけど、

でも佐々丘さんのことだから、

本気でそう思ったんだろう。

天使ですか!?


佐々丘さんは引いている私を見て、面白がってにやにやしながら、

「そう、天使さまですね。

救いが現れた以上は、僕の人生にも未来が見えてきた。

まだ生きていていいのかもしれないって」


佐々丘さんは私をからかいながらも、

言っていることは真剣だ。


「そうだね。今思えば、君が現れてからもずっと疑心暗鬼だった。

調べるうちに、君のお母さんも、おばあさんもまだ元気だって言うし。

ひょっとしてめたもうは死神じゃないんじゃないかって希望が見えつつも、

早まって信じて後でがっかりしてもいけないし、

ブレーキがかかりつつも、

僕はだんだん楽観的になってきましたね」


そうだったのか。


「でもそう思うのと同時に

めたもうが死神でなかったとしたら、

なぜ母と姉は死んだのだろう、と思えてきた。

母も姉も、なぜ死ななきゃならなかったんだろう。


……めたもうのせいにしたかったんだ。きっと、ずっと。

そうじゃなかったとしたら、

めたもうを死神だと信じて、

自分を捨てるようにして働きすぎた母の死は

無駄になってしまいそうじゃないですか。

それに、めたもうのせいで姉はノイローゼになっていたし、

何かのはずみで大きなめたもうが出現して、

心臓の発作を起こして死ぬなんて。

僕も見た、初めて見たあのめたもうだ。

もしめたもうが死神じゃないって知っていたら、

心臓発作で死んだりしなかっただろう。


めたもうが死神じゃないなら、

母と姉の死が無駄になるんだ。


それに、死ぬ運命だと割り切って生きてきた

僕の取り返しのつかない時間。

めたもうを中心に、予定された死を見据えてきたのに、

僕のこれまでの人生は何だったのだろう、

そう考えると、

つらかった。


今までの世界観が根底からくつがえされたような気分だった。

それで、自分も、いっそのこと、

めたもうが死神だと信じて、死んでしまったほうが、

母も姉も浮かばれるんじゃないかとも思ってしまった。


つらかった。本当に」


佐々丘さんは私の方を向かず、

興味ないのに、試合に目を向けながら、

一人言のように告白した。


そう告白する佐々丘さんのつらさが、

私にも伝わってきた。


めたもうが死神じゃないと信じて生きたい気持ちと、

めたもうを死神だと信じて、自分が死ぬことでそれを証明して、

母と姉の死や今までの人生を意味あるものにしたいという願いとの、

葛藤。


それは、私と出会ってしまったから生まれた葛藤なのだ。


佐々丘さんの繊細な色白の顔。

鼻筋の端正な横顔。

傷つきやすくて壊れやすい。

無防備な顔。

そして、大切な顔、死なせたくない。

むざむざと。

佐々丘さんが言ったように、私が天使なら、

私が救えるんだ。

私と出会ったせいで佐々丘さんは苦しむことになったけど、

私は佐々丘さんを救うために出会ったんだ。


どうすれば救えるんだろう?


私はピエタを思い出した。

聖母マリアがキリストの死体を膝に抱いて嘆く姿を。

その慈愛を。

私もそんなふうなマリアになりたかった。

佐々丘さんを膝に抱いて、

「死ぬことなんかない。みんなあなたが生きるのを望んでいる。

あなたは生きていていい」

そう言いたかった。




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