東京ドームにて(1)
スコアボードの一番最初の列は、中日に1点、巨人に2点。
東京ドームは歓声に沸いていた。
そして私は、その歓声の間を縫うようにして、
佐々丘さんに私の見解を述べたのだった。
佐々丘さんは黙っていた。
私は佐々丘さんに、めたもうは幻覚ということに
同意してくれることを望んでいた。
しかし佐々丘さんは首を横に振った。
私は、理性的な佐々丘さんが感情的に否定するのが信じられなかった。
私は、私の言うことを否定するのなら、
私を説得してみせてくださいと言った。
周囲はとてもうるさかった。
私は言った。佐々丘さん、私も馬鹿じゃありません。
ちゃんといろいろ考えています。
だから、私に打ち明けてください。
私に甘えちゃってください。
佐々丘さんの城はなかなか強固だった。
そして青いメガホンや黒い帽子が人波の中
あちこちに見えるこのドームでは、
中日も、巨人も、互いに点を取りあぐねていた。
そして私も困り果てていた。
私は言ってしまった。
佐々丘さんのお姉さんは、自殺なさったんですか。
すると意外にも彼はあっけらかんと否定した。
自分は姉の部屋のドアを開けたが、
そこにめたもうを感じてすぐに気を失ってしまった。
そして病院で目が覚めたときに、
姉が心臓の発作で亡くなったと知った、と言う。
「佐々丘さんは、お姉さんをめたもうに殺されたと思っているから、
めたもうを憎んでいるんですか」
沈黙。
沈黙。
長い沈黙。
スコアボードは0が続いた。
試合は停滞している。
長い沈黙は肯定を意味している。
佐々丘さんはやっと口を開いた。
「姉はもともと心臓が弱かったから時々病院へ行っていたんだけど、
めたもうを見出したから、そのことを医者に話したら、
精神科へ寄れと言われたんだ。
そこの精神科医に、死別反応でしょうと言われた。
母が亡くなったばかりだったから。
姉は、本当にめたもうにおびえていて、
なのに精神科医が、めたもうのことを、
身内の死のショックによる幻覚でしょうと言ったから、
誰も分かってくれない、って言っていた」
そう、弟である佐々丘さんには、この頃まだめたもうが見えなかった。
そしてお姉さんは孤独感を増して行った。
その孤独感こそめたもうが拠りどころとするのに。
「お母さんも亡くなられていたんですね」
佐々丘さんは、ついでにとばかりに話し出した。
いや、野球による観衆の熱気に影響されたのかもしれない。
または、今日でめたもう狩りを終了にするからなのかもしれない。
佐々丘さんのお父さんが、交通事故で亡くなったのが始まり。
それは、佐々丘さんが小学校6年生のことだった。
めたもうを見る家系に生まれついていたお母さんが、
めたもうを見始めた。
そして、お父さんの代わりに働き過ぎて、
心労と過労とで、突然亡くなってしまう。
それが中学1年のこと。
そして叔父さん夫婦に引き取られた。
お姉さんが心臓の発作で亡くなったのが、
佐々丘さんが中学2年のこと。
死。
死。死。
私はめまいを覚えた。
この奇怪な連続と目の前のゲームとが一緒に目の前に映り、
とても不吉な印象を受けた。
そして、恐ろしいことに、私は気づいてしまったのだ。
このうるさい歓声の中で、思考力を麻痺させるざわつきの中で、
佐々丘さんはヒントを出しすぎてしまっていた。
私は寒気を感じた。この熱いのに、腕には鳥肌が立っていた。
「めたもうは死神なんですね」
そう、絞り出すように言って隣を見ると、
佐々丘さんはいつものように目だけで微笑んでいた。
ついに私も知ってしまった。
佐々丘さんは今まで、この長い間、それを隠し通してきたのだ。
しかしここになって、ついに陥落してしまった。
いや、佐々丘さんは実はそれを密かに望んでいたのかもしれない。
私がその事実に気づくことを。
--めたもうは死神、
めたもうは、死者の世界へと呼ぶ者。
めたもうを見た者は、死ぬ。-----