佐々丘さんのお姉さん
弟の話が出て、話の流れで聞いた。
「佐々丘さんのお姉さんは遊びに来たりするんですか?」
すると、
「姉は、姉はね。亡くなってるから」
と言った。
「ごめんなさい。悪いこと聞いちゃいました。知らなくて」
「別にいいよ。ずいぶん前のことだし」
「前のこと……」
「僕が中2のとき」
私はそれ以上聞かなかった。
中2って佐々丘さんがめたもうを見始めた年だ。
佐々丘さんは、お姉さんを夕食に呼びに行って、
ドアを開けたときにめたもうを見て、
気を失ったって。
そのときはお姉さんは、生きていたんだ。
なんだかすごーく嫌な気がした。
この喫茶店の中の空気が、
ゴッホの描いた夜空みたいに、
黒々と渦巻いているような感じだ。
お姉さんが亡くなったことが原因でめたもうを見始めた、
と、佐々丘さんが言ったなら、
それは分かる気がする。
佐々丘さんの心の隙間に、めたもうがとりついたんだって、
説明つく。
でも、こんなふうに、お姉さんの部屋のドアを開けたときに
めたもうを初めて見たっていうことと、
その年にお姉さんが亡くなったっていうことを、
別々に話されると、
なんだか。
すごく。
分からないけど、怖い。
私は家に帰ると、あの天使の人形を取り出した。
佐々丘さんのお姉さんは天国にいるから、
この人形から目をそらしたのだろうか。
それから、もしかして……、
私は怖くなってしまって、
急いで金具を付け替えた。
あー、ほんとに。
そう考えると、すごくダークな人形だった。
佐々丘さんは無意識に目をそらしたのだった。
まるで嫌なものが視界に入らないようにするかのように、
すっと目をそらしたのだった。
私はその晩、佐々丘さんのことを考えて眠れなかった。