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大詰めへ

ずっとこのままでいられないことは分かっていたけれど、

ずっとこのままでもいいんじゃないかと思っていた。


でも、佐々丘さんは、そろそろ大詰めへ向かおうとしていた。


今までも、めたもうを捕まえようとさまざまな場所へ足を運んだが、

今回は、日曜に東京ドームで行われる

野球のチケット2枚を持ってきた。

新聞社に勤めている、大学時代の友人からもらったそうだ。


「今まで分かってきたことを考え合わせると、

めたもうは人のいないところを好んでいる。

しかも、もともと人がいないところじゃなくて、

人がいていいはずなのに、

誰もいない、という所に出没している。

たとえば、誰かがボタンを押したはずなのに

誰も乗っていないエレベーターとか。

”さみしい”とか、”孤独”っていう状態も

めたもうが好むものだと思うんだけど、

つまりは人がいないってことで、通じるものがあるよね」


「あ、ですね」


「だから、東京ドームで満員の客がいて、

それが、ゲームが終わってみんな帰るときに、

普段よりも濃い、大きなめたもうが出現するんじゃないかな、

と思ったんだ」


「祭りの後のさびしさですね」


佐々丘さんはこれで終わりにしようと思っているようだった。

今までめたもうをつかまえようとして、

どんな場所に出るかは分かってきたけど、

いつも近づくと消えてしまった。


東京ドームの、注目のこの一戦、満員の客がいなくなるときに出現するめたもう。

そのめたもうをもしつかまえられないとしたら、

他のめたもうではとうてい無理、ということで、

あきらめもつくのだろう。


めたもう狩りを終わりにする。


大勢の人がいなくなって、感じるものはなんだろう。


虚無感。


喪失感。


孤独。さみしさ。わびしさ。


……私たちはいったい、何をつかまえようとしてきたのだろう。

何のために、何を追いかけてきたのだろう。


初めから、そもそもひどい誤りを、まちがいを犯してきたような、

そんなむずむずとした不安に襲われた。


めたもうをつかまえる?


佐々丘さんは覚悟を決めた顔をしていた。

「もし、今回も無理だったら、そのときは、

もうめたもうをつかまえるのはあきらめる」


そして、ふっと表情をやわらげて、

「正直、ちょっとほっとしている。

このままが一番よかったけど、

いつまでもこのままじゃいられないし、

待ち合わせの約束があるのに、

忘れたふりして他で遊んでいる子供みたいで。

落ち着かなくて」


そう言ったあと、佐々丘さんはふいに黙った。

そして、私の顔を見なかった。

今、また口を滑らせたのだろうか。


待ち合わせの比喩の相手は、

彼女だろうか。それとも、めたもうだろうか。

おそらく、めたもうだ。


めたもう狩りに終止符が打たれる。

失敗しても成功しても。


私がつい、佐々丘さんの心のうちを探ろうとして、

長く見つめすぎていたので、

佐々丘さんは横目で私を見た。


なんだか、変に優しい目をしていた。

あいかわらず口はへの字に結んだまま。


あまり優しい目だったので、

佐々丘さんは私のことを好きなんじゃないかと思ってしまったほどだ。


それから、正面向いて、私を見た。

不自然さを無視して、さっきから黙ったままだ。

どこか遠い目。

悲しげな目。


何の根拠もないけれど、

直感的にこう思ってしまった。


”僕は死ぬかもしれない。

でも僕が死んだとしても、

君は明るくのん気に生きていってくれ。

僕は知っていた。

だから悲しまなくていい。”


そんな、つまり、遺言。

という、不吉な直感。

それは、本当に死ぬということではなくて、

どこか遠くに行こうとしている、という比喩かもしれないけれど、

私の無意識は「遺言」のイメージをとらえてしまっていた。




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