幸せな夏の日
私のおばあちゃんに二人で会いに行ったときのこと。
新幹線のこだまと、ローカル線とで山合いの村へ向かった。
貧乏学生の私に代わって、旅費は佐々丘さんが出してくれた。
私は初め遠慮したけど、
私のおばあちゃんに会いに行かせてもらうのだから、ということで押し切られた。
二人並んで電車の席に座るだけで、私にはとても嬉しかった。
佐々丘さんにとっては、慣れたことかもしれない。
でも、私にとっては、自分の好きな男の人と、
二人並んで電車の席に座るなんて、
それだけで人生で初めての夢のようなことだった。
事前にちゃんと連絡しておいたけど、
おばあちゃんは満面の笑顔で歓迎してくれた。
そこで話して、初めて分かったのは、
この村ではおばあちゃん以外にも、
めたもうを見る人が何人もいたこと。
それは、村の中の誰もが知っていて、
特別なことではないこと。
山の中で道に迷ったりして、
めたもうを里へ連れてきてしまった後も、
めたもうは毎日見るものではなく、
ときどき訪ねてくるお客さんのようなもので、
おやおやいるな、と思っているうちに消えてしまうもの。
そんな話を聞いたあと、
おばあちゃんのうちを後にして、
帰りの電車の時間まで長かったので
近くの川を散歩した。
細い川の両側には桜の木が植えられていて、
今は緑がとても綺麗だけど、
春に桜が咲いていたら、どんなに綺麗だろうと思った。
おばあちゃんの話のめたもうは、
私たちのイメージとちょっと違いましたね、という話をしながら、
何の悩み事も無いような、明るさにあふれた、
木漏れ日の下を歩いた。
佐々丘さんはいつになく快活で、
川の中の小石を踏みながら歩いたりした。
最後、そこから草の茂った土手に戻るときに、
ちょっと距離があったので、ためらった。
私は佐々丘さんに手を伸ばした。
そうしたら、佐々丘さんは、
手を伸ばしている私のことを、
とてもまぶしそうな顔をして見上げた。
「どうしたんですか?」
「いや、」
佐々丘さんは私の手を取って、
「よっと」といって
土手に上がった。
私は、手を取られてから初めて、
佐々丘さんと手を握ったという事実に気がついて、
恥ずかしさに顔が赤くなって、
握られた手が溶けそうだった。
土手に上がって、道路に戻ってからも、佐々丘さんは無口だった。
「さっき、どうしたんですか?」
「君の手を取っていいのかな、って思って」
「そんな、いいですよ」
私はちょっと赤くなった。
「いや、」
そう言うと、佐々丘さんはとても優しい目で私を見下ろした。
「このまま君の手を取ってしまって、
僕は救われてしまっていいんだろうかって。
なんだかこの村では、何もかも許されるような気がするね」
なんだか大げさな口ぶりに、私はとまどった。
「杉浦さん逆光だったから、後光がさして見えたよ」
そう言って、にやりと笑った。
どこまで本気で、どこから冗談なのか、よく分からない。
日帰りの旅であわただしかったけれど、
とても楽しかった。
きっと一生忘れないと思う。