二人の関係
佐々丘さんは、私と会うときは眼鏡を外す。
彼女と喧嘩したとき壊れてしまったから、
新しく買い換えた、
細縁の眼鏡を、机の上に置いておく。
私はかけさせてもらったことがある。
でも私はめたもうを見る頻度が少ないので、
本当にそれでめたもうが見えなくなるのかは分からなかったけれど。
佐々丘さんは眼鏡をかけた私の顔を見て、
細い目をいっそう細くして笑う。
私はドキリとする。
眼鏡を外す。
本当は、めたもうが見えるかどうか試したかったんじゃない。
佐々丘さんの眼鏡をかけたかっただけだ。
私は日々、思い煩わされている。
私は自分の気持ちを佐々丘さんに言わない。
そんなことをしたことがないので、
とりあえず言い方が分からない。
千晴には、「彼女がいるから」と言い訳しているが、
自分に対しても言い訳している。
私は拒絶されるのが怖いのだろう。
拒絶されて関係が壊れるよりも、このままでいたいと思うのだろう。
それとも、拒絶されなくても怖いのだろうか。
関係が変わること自体が不安なのだろうか。
時々、佐々丘さんに彼女がいてよかったと思う。
今は二人の関係がどうなっているのか聞いていないから知らないけれど、
むしろ怖くて聞きたくない。
もし佐々丘さんに彼女という防波堤がなかったら、
私は佐々丘さんと真正面に向かい合って、
不安でたまらなくなると思う。
私は、石橋を叩いて渡るタイプだと思われがちだが、
実は、石橋を叩いて壊すタイプだ。
本当に大切なものほど、
壊れてほしくないと思えば思うほど、
壊れるのが不安で不安で、
とても耐えられないから、
壊れるまで石橋を叩いて、
壊してしまってから、
やっと安心する。
もう壊れることを恐れなくていいから。
そんな話を千晴にしたら、
単純に、
「アブない」
との一言。
うーむ、どうしようか。
私は、今の状態から動きたくない。
何か、どうこうしたいと思い始めたら、
不安でたまらなくなって、
いっそのこと壊してしまいたくなりそうだ。
佐々丘さんは、客観的に見て、素敵な人なんだろうと思う。
クールで、落ち着きがあって、知的で、端正な感じがする。
それでもって、良くも悪くも少しニヒルだ。
背が高くてやせてて、行いが礼儀正しい。
でも、彼はあまりもてないだろうと思う。
無口だし、無愛想だし、女の子に興味なさそうなので近寄りがたい。
たぶん佐々丘さんの彼女はすごい可愛くてお姫様みたいな人で、
自分に自信があったから、
佐々丘さんが何を考えているのか分からなくても、
押して、迫って、彼女になったんだろう。
佐々丘さんは持ち前のやる気のなさで、
別にどうでもいいと思って付き合い出したのだろう。
そして二人がお似合いなので、
今まで誰もちょっかいを出さずに来たのだろう。
なんていうふうに想像をたくましくしてしまった。
佐々丘さんはたぶん、私が佐々丘さんを好きなことを知っている。
私はたぶん、少なからず態度に表してしまっている。
おまけにすぐ顔が赤くなるから、隠せない。
もう、無理に隠すのも無駄なことだと思っている。
佐々丘さんも、なんだか時々、私に甘えているような気がする。
と言ったら千晴に笑われたけど。
でもなんとなく、精神的に私といると居心地よさそうな、
隙を見せているような、
くつろいでいるような、
つまり甘えている、ような気がするのだ。
……最近、火曜日以外にも佐々丘さんから連絡が来るのだ。
時々会うこともある。
私は動揺しまくりだ。
これはもう、めたもうをだしにしているとしか思えない。
でも佐々丘さんは私の信号に答えようとはしない。
気づいていて、気づかないふりをしているのかもしれない。
佐々丘さんが気づいていないふりを続ける限り、
私もこの白々しい、二人の間には何も生まれていない、
というお芝居を、続けるよりしょうがない。
何か行動を起こす勇気も勝算もないし。
何も言えない。黙らされている。
でもそれはそれで、のんびりしていて、まあいいや、
という感じなのだ。
私もあせっていないし、始めから期待していないし、
あきらめているから。
私で暖をとりたいのなら、どうぞぬくぬくと休んで行きなさいな、
という気になってくる。
その後佐々丘さんがどこへ行く気なのかは問わない。
と、千晴に言ったら、
そんなボランティアやめなよ、と言われた。
聖母マリアじゃないんだから。
自分を抑えて自己犠牲するのは、
結局のところ自己満足だよ。
自分に酔ってるだけだよ。
ふーむ。千晴は口が達者だ。
私は自分で自分のことは、もうよく分からない。
なるようになれである。
しかし、千晴は応援してくれていたんじゃなかったのか。
その時々で、自分の以前の立場を忘れた無責任発言をする。
だから私は千晴が好きだ。