追及(4)
「うちの家系ではどうやら、
女の人から女の人へ”めたもう”が伝わってきたらしいですよ。
それって、生物学的に、プラス、文化的に、
女の人の方がめたもうを見やすいってことなんでしょうか?」
私たちは今日もやはりいつものようにコーヒーを飲んでいた。
ここの店は毎週新しいメニューが登場するし、味も良いので飽きが来ない。
私は佐々丘さんを追及するのは止めにして、
とりあえず二人で流されるなら流されてやれ、
と、覚悟を決めることにしたのだ。
そんな頃のことだった。
私の心には、佐々丘さんが私に対して隠し事をしている、という思いが
消えずに残っていたが、
佐々丘さんが聞かれたくない以上は知りたくても仕方がない、と、
割り切ってみた。
そんな頃だった。
もうめたもうについてはかなりしゃべりつくしていて、
話題はめたもうのことだけじゃなくて、
とりとめなく、雑多なおしゃべりもしていた。
佐々丘さんが私に隠し事をしているのは気になったけれど、
こうしておしゃべりをして時間を過ごすのは、
ぽわっとしたなんだか幸福感があって、
隠し事のことや彼女さんのことや、めたもうのことも、
全部忘れてしまって、ただ時間を過ごしていきたいような気がした。
佐々丘さんもそう思ってくれていたんだろうか?
その日は、だから、佐々丘さんについて新しいことがわかるとは
思ってもみなかった。
思わぬ糸口が見えたのだ。
「私、他学部聴講で今、精神病理学をとってるんですけど、
たとえば、うつ病は女性の割合が多い、とか、
摂食障害の何%が女子だ、とか習ったんです。
それと同じように、めたもうの見易さにも性差があるのかと思って」
「なるほど、おもしろいね」
「佐々丘さんの家系はどうなんですか?」
「僕は男だけどめたもうを見るから、めたもうを見るという要素は
男にも遺伝していると思うよ。
ただ女性の方がめたもうを見やすいっていうのはあると思う。
……うちの場合も女性から女性に伝わってきたし」
「あ、佐々丘さんのところもそうなんですか?
佐々丘さん、たしかお姉さんがいらっしゃるんですよね?」
「……姉の方が僕よりもめたもうを見始めるのが早かった。
……僕の後ろを指さして、『あそこにいる。』
とか言っていて、僕は不安な気持ちになったものだよ。
僕が振り返っても、いつも何も見えなかった。
姉は、『誰も、めたもうが見えないのね。
やっぱり私だけに見えるのね。
当然といえば当然だけど……』」
佐々丘さんは、言ってはいけないことを言ったかのように口をつぐんだ。
「なぜ当然なんですか?」
「…まあ、普通見えないし。
女にしか見えないと思っていたから、
男の僕に見えないのは当然だと思ってただろうし」
「ああ、そうか」
私はそのとき、
前にもこんなセリフあったな、と思った。
そう。私が、佐々丘さんに会ったばかりの頃、
「今までめたもうの話をしても誰もわかってくれなかったから」
と言ったのだ。
するとなぜか佐々丘さんが顔を曇らせていたのだ。
いったいなぜなんだろう。
私が微妙な表情をしているのを見て、
佐々丘さんは困っているようだった。
どうしてこの人は心を開いて打ち明けてくれないのだろう。
「じゃあ……、お姉さんはいつからめたもうを見始めたんですか?」
「中学に入った頃……。
……まあ、そんな話はいいじゃないですか」
めたもうの会合なのに、そんな話も何もあったものではない。
私は苛立ちを感じた。
この苛立ちは、彼女さんが佐々丘さんに対して感じたものと同じだろう。
彼女は逆上した。ならば私はおとなしく、
何も聞かないでおこう。
私は質問するのはやめて、自分について話すことにした。