愛だの恋だの
私は彼女の存在を知ってしまったのに、
私たちはまるで何事も無かったように、
毎週会っていた。
「その方が早くめたもうについて片付けられるし、
早く佐々丘さんを彼女に返してあげられるから」
そう千晴に言ったら、
「単に佐々丘さんに会いたいからじゃないの?」
と言われた。それは痛いところを突いた。
「…あああ、私も卑しいなあ。
未練がましいなあ。彼女に返すって決めてるのに」
「返す必要あるの?別にいいんじゃない?
とれるならとっちゃえばいいじゃん」
私は返答につまっていた。
「それに、返す返すって、佐々丘さんは物じゃないんだから。
自分の意志持ってんだから。
そんなおせっかい焼かないでも、佐々丘さんが決めることなんだから、
んーと。まあ、じたばたしても無駄だよ」
私は返答につまっていた。
「ただ、彰子は自分の罪悪感をなんとかしたいんじゃないの?
悪いと思って苦しいから、
佐々丘さんが彼女のとこへ戻れば楽になると思ってるんでしょ。
でも、反対に、自分のことを選んでほしかったりもするんでしょ?」
私は返答につまっていた。
本当に、その通りなのかもしれない。
どうしていいのかわからない。
罪悪感で身動きとれない。
「彰子がいくら罪悪感感じても、それは彰子のせいじゃないよ。
誰か悪い人がいるというのなら、それは佐々丘さんでしょ」
二人の問題は二人の問題として別にあるんだし、
彰子がどうこういう問題じゃないよ。
自分が罪悪感を感じないことと、
佐々丘さんと、どっちが彰子にとって大切かだよ」
なんだか、千晴は私をけしかけているみたいだ。
「あ、でもちょっと待てよ。
早とちりだよ。二人のどちらかを選ぶも何も、
佐々丘さんが彰子と会うのは
ただめたもうのことが知りたいだけ?」
ぐう。友達とも思えない落とし方をする。
「浮気だと思ってるのは彼女だけでしょ。
佐々丘さんは潔白である。
つまり、君がじたばたしてるだけ」
「……千晴厳しい……」
「何にせよ、まずめたもうを捕まえるのが先決だね!」
「は?何で」
「めたもうのことで頭がいっぱいだったら、
もう愛だの恋だの言ってる場合じゃないでしょ。
めたもうが佐々丘さんの彼女みたいなもんじゃん」
「はあ、なるほどね」
めたもうがきっかけで佐々丘さんと知り合ったのに、
今度はめたもうを排除しようとしている。
今までの私は、ずっとこの会合が続けばいいと思っていたのに。
方向転換だ。
しかし、それにしても、
めたもうって本当に捕まえることができるような物体なのだろうか?
佐々丘さんと一緒に追いかければ追いかけるほど、
疑問がふくらんできた。
例えば、ほら。
今は千晴と二人でオープンカフェの窓際の席に座って
ケーキと紅茶でアフタヌーンティー♪とかしているけど、
何も気づいていない千晴の右奥、
少し暗くなっている席にめたもうが座ってこっちを見ている。
千晴に言ったら絶対怖がるから言わないけど。
やつは嫌だなあ。
平然とすまして、その席のとこにぼやぼやとしている。
距離は10mほどかな。
近づけば消えるだろうけど、気になってやだなあ。
「ね、彰子はもっと積極的になった方がいいよ。
彰子も自分の気持ちを大事にしなよ」
「そうだねえ……」
こんなふうに目の端にめたもうがいるような生活を送っているから私は、
千晴の言うように恋愛に全力になることもないし、
半分あきらめたような日常に甘んじているのかな。
そういえば、佐々丘さんもそんな感じがする。
なんにもならないが口ぐせのL'aquoiboniste
ジェーン・バーキンの「無造作紳士」。
この歌って、まさに佐々丘さんを歌った歌だ。
なんていうか、厭世家。
訓に直すと、世を厭う人。