帰り道
帰り道。
私の最寄駅の地下鉄の出口。
地上への長い階段を上っている私。
地上で傘をさしている人がいる。
まだ降っているのだろう。
足取り重く、階段を上る。
信号の赤い色が雨の夜に鮮やかだ。
電線が黒々とたわんで何本も走っている。
私は傘のベルトを外してさす準備をしながら、
長い階段を上っていった。
が、足を止めた。
出口のところで奴が私を待っているのを見たからだ。
(何が言いたいの……?)
めたもうは悲しそうな顔でじっと私を見ている。
そうして、めたもうのところへ上っていくのが嫌で、
お互いかなり長いこと見つめあっていた。
私もかなり精神的にまいっていて、
めたもうを追い払ってやろうなんて気力はなかった。
そのままで、いろいろ考えていた。
本当は、あんなふうに暗い地下鉄の出口で
傘を差して待っていてくれるのが
佐々丘さんなら良かった。
そんなことはあり得ないんだけど。
そうしているうちに、次の電車が到着して、
階段を上がっていく人から逃げるように、
いつのまにか奴はかき消えてしまっていた。
私も、だからやっと、階段を上がって傘をさし、
家へ向かって歩き出した。
私はうつむいて下ばかり見て歩いた。
こんな日もあるさ。
とりあえず、佐々丘さんは来週も来てくれるんだし。
私にとっては、めたもうの話をするより、
佐々丘さんに会えることの方が重要だった。
めたもうを見かけると、佐々丘さんに話すことが増えるので喜んだ。
めたもうは佐々丘さんに会い続ける口実程度でしかなくなっていた。
そういうように、意識してめたもうを
見よう見ようとしていたせいかどうかわからないけど、
私はめたもうをあまり見なくなっていた。
さっきのは、本当に久しぶりに、あんなにはっきりと、
比較的近いところに、発見した。
久しぶりに、思い出した。
あの感じ。
めたもうを見るときの感じ。
めたもうってなんなんだろう。
どうして、佐々丘さんはあんなにめたもうのこととなると
熱心になるんだろう。
まるで、めたもうにとりつかれちゃってるよ。
私は傘の把手を両手で持って、
とぼとぼと歩いた。