喫茶店にて(5)
「ふーん。
じゃあ、題名の「ラクワボニスト」っていうのは、
何にもならない主義者ってことか」
「はい。
……だから日本語の題名が無造作紳士なんですね。
ちょっと投げやりなニヒルな感じな」
下降系の伴奏を持つ、さびしげで美しい曲を聞いていたら
心がなぐさめられたし、
気がまぎれた。
私の涙も止まっていた。
佐々丘さんは気を紛らす天才なんじゃないかと思った。
私の涙が止まったところで佐々丘さんが言った。
「ところで……、遅れた理由を弁解したいんだけど、
聞いてくれますか」
そう言うので、
「話したくないことなら別にいいんです」
と私が言うと、
「いや、僕は弁解したい。ただ君が聞きたくないなら
話す必要もないかと思って。いい話じゃないし」
「いえ、聞きたいです」
そう言うと、佐々丘さんはふうーっとため息をついて、
私を真正面から見た。
佐々丘さんは今日はなんか機嫌が悪い。
いつも以上にニヒルで、
どうでもいいを通り越してやけになってる感じだ。
そういえば眼鏡をかけていない。
そして、左ほほが赤くなっている。
やっぱり話したくないんじゃないか、と思って、
やっぱりいいです、と言おうとしたときに、
「けんかした」
と言った。
佐々丘さんは何と呼んだものか言いあぐねていたけど、
ああ、彼女がいたのか、
と、私はすぐに思った。
「付き合ってる人と」
と、私が思った後で、言った。