喫茶店にて(3)
ほら、心配しちゃだめだ。
まだ何が起こったか知らないんだから。
心配しても何にもならないぞ。
腕時計を見ると7時45分だった。
私はきいっと椅子を回転させて入り口の方を見た。
梅雨がまだ明けていなくて、今夜も雨が降っている。
しとしとしとしと、と、降っている。
暗い外を人が何人も右から左へ、左から右へと行き違っていく。
傘が鮮やかなのは女の人、黒や紺なのは男の人。
みんなとても静かだ。
私は私まで雨に濡れたような、髪を湿気が包んだような
変な気分を感じながら、
また自分のコーヒーカップに向き直った。
椅子が高くて足が床につかないので、
テーブルの端を手で押したり引っぱったりして方向を変える。
いつもならこの隣の席に、
いや、何も考えるのはよそう。
私はこういうシチュエーションにとても弱いのだ。
それは自分でよく分かっている。
初めてめたもうを見た日、私はひとりぼっちで
熱を出して布団の中で寝ていて、
ハワイ旅行へ行っている家族のことを思っていた。
怒ったりしてはだめだ。
だって私がお母さんの立場だったとしてもきっとそうしただろうから。
何も考えちゃだめだ。
(私はお母さんに嫌われてなんかいない)
めまいを感じながら、自分の心の中の怒りや悲しみやさびしさを押し殺して、
中立に保とう保とうとしていた。
あの日の、めまいがする一方で物が鮮明に見えるようなあの感じ。
あれを今にも味わいそうだ。
私は本当にこういうシチュエーションに弱いのだ。
深呼吸しなくちゃ……。
何で佐々丘さんは来ないんだろう?
連絡も無いなんておかしい。
もうすぐ1時間経つ。
私はコーヒーにミルクを入れる気も起きなかった。
今だブラックで飲んでいた。
1時間たってコーヒー1杯が空にならない。
私の指先はとても冷たい。