実験(1)
私たちは同じ方向をじっと見ていた。
はたから見たら奇妙なカップルだろう。
でも一人でじっと立ってるよりはまだましだ。
「ねえ、佐々丘さん、私エレベーターのスイッチ押して来ましょうか?」
スイッチ押してきましょうかという言い方も変だが、つまり、
誰かが乗るのをじっと待たずに、上ボタン下ボタンを押して
エレベーターを動かしましょうか、という意味だ。
「……やっぱり二人同時に見るのは難しいな。
二人が同じ物を見てるってことを確かめたかったんだけど……。
じゃあ、僕はいつも見ているから僕が押してくるよ」
そう言うと佐々丘さんは私をおいて、エスカレーターの横をまわって
10mほど先のエレベーターの前まで歩いて行って、ボタンを押した。
そして、エレベーターが着くのを待たずに歩きだした。
このエレベーターは、
地下1階の改札と、地下3階のホームに出口があるのに加えて、
地下2階にお手洗いがあるため、
そのためだけに地下2階にも停まるのだ。
そしてそれは、ホームへ向かってエスカレーターを降りるとき、
ちょうどま正面に当たる。
私が見ていると、エレベーターがやってきて、スーっと開いた。
その箱の中には誰も乗っていず、ただ空気だけだった。
(あれ、めたもうがいない、いない。)
めたもうを見ない日の方が多いのだから、
こんなふうに意識的に待ち伏せして成功するとは思わなかったが、
さすがにがっかりした。
佐々丘さんはこっちに向かって歩いてきながら、
私の顔を見てエレベーターを振り返った。
「どう?」
そう言ってもう一度私の方を振り返ろうとしたとき、
佐々丘さんの顔の向こうにあるエレベーターのドアが閉まる直前に、
誰かが悲しげな、でもおもしろげな表情をして一瞬こっちを見ていた。
そしてすぐドアは閉まってしまい、上へと上がっていく。
「めたもう、いた!」