1話 我が都よりも都会で驚いたぞ
「……ん……っ……」
まぶたが重い、身体が暑い……まるで身体の神経に釘を打ち抜かれたようだ。いてぇ……なぁ……ったく。
「ん、あ……どこだここは?」
身起こしてキョロキョロと首を動かして周囲を観察する。つなぎ目のない不思議な冷たい石の絨毯に寝転がっていた。天に向かって聳え立つ無機質な二つの灰色の壁の狭間に寝転がっていたようだ。
湿った生暖かい空気が壁の間を吹き抜ける。あまり良い風じゃないな。魔界の建築とも、人間の城塞とも違う。異質すぎる。
「なんだ、ここは……」
見上げれば、夜空は見えない。無数の人工的な光が明滅し、空を覆い隠している。まるで無数の目がこちらを見下ろしているようだ。異様な圧迫感に息が詰まってしまうな。
「っと……」
ふらふらと壁に手をついて立ち上がる。なんだかいつもより身体が重く感じるな、それになんだか声もおかしい……というかまるで女声だ。
痛みが少し引き、意識がどんどんと覚醒してくる。自身の体を見下ろすと戦いで傷ついた服が目に入る。この黒龍の衣を傷つけるとは……
記憶の糸を手繰り寄せるように思考していく……魔族の仇である人類の勇、勇者……憎き妹を殺した滅ぼすべき民族。この俺様が勇者の首をへし折り地獄に送った。
――そして……俺は……
「ここはあの世か……?」
首をかしげる。俺を待っているのは地獄のはずだがこんなもの静かな場所ではないはずだ。言い伝えによれば魂を浄化するエンマと呼ばれる存在が審判を下すとか……
――いや、とにかく今は状況を確認するのが最優先だ。とりあえず、この薄暗いところから出よう。
妙に大きく感じる服を引きずって外に出る。おそらく戦いにより破れてしまったのであろう。
どうやら路地の先から煌々と眩しい輝きが漏れ出ている。その光の影に人型のシルエットが生き来している。俺は覚悟を決めてその光の先を目指す。
「っ……! これは……っ!」
目の前に飛び込んできたのはまさに異世界だった。光の暴力とも呼べる人工的な光の集合体が目に飛び込んでくる。
――こ、こんなことが……
光は夜の闇を振り祓い星々の光をかき消していた。周りには木でも石でもない謎の素材でできた巨塔が何本も、何十本も群れ作り連なっていた。
まるで巨大な無機質な巨人がこちらを見下しているみたいだ。魔王であるはずの俺が重いプレッシャーに押しつぶされそうに……いや、俺は魔王だ……こんなの……
「そうだ、こんな現実離れ――」
――ブォォォォン!!
俺の声は腹の奥底を揺るがす低音によってかき消されることになる。
――っ、なんてことだ……呆気にとられていたがすぐに我に返り、目の前を横切っていった影を追う。黒い大地と俺が立つ石畳を隔てる鉄柵に身を乗り出すと奴の正体を伺う。
「アレは何だ……?」
黒石のカーペットを走るいくつもの鉄塊が列をなしていた。どれだけ自身の知識を引き出そうとアレを説明できなかった。あまりにも常識を逸脱した景色と世界に深々ともに蹂躙され頭が真っ白になる。
……謎の大量の鉄の箱、自分はなぜこんなとこ――
「あなた、そこで何をしてるの?」
不意に少女の声が背中に降り注ぐ。後ろ
を振り向くと風変わりな格好をした人間の女が立っていた。
服装は確か人間の船乗りの紺と白の襟のデカいあの服に似ている……だが、下はズボンではなくスカート。腹部や腰回りは体に密着して――コルセットが付いているように見える。胸部が強調して女性らしい曲線を描いていた。
他にもフリルやらレースがあしらわれていかにも人間の女が好みそうな服装だ。女は腕についた赤い腕章を揺らしながら眉を斜めに吊り立てる。
「聞いてる? そこにいたら危ないから」
「…………なに?」
「だーかーら、そこ車道! こっち来なさい」
何かを訴えているようだがまったく意味が分からない。なんだその舌足らずな言語は? 人間どもが使っていた大陸語共通語でもない、聞いたことのない言語だ。
「“小娘よ、我の言葉を理解できるか?”」
「っなに? 外国の人……?」
彼女は聞いたことのない言語を聞いて警戒したのか身を縮める。いちおう、大陸共通語で話してやったのだが全く通じんとはな……人間どもなら理解できないはずはないのだが。
「とにかく、そこ危ないから離れて……もう、怪しい恰好な上に外人なんて……事情聴取させてもらうわ」
ポケットから通行人が持つ同じような謎の板を取り出して何やら表面を触っている。何かの魔道具か……?
「パトロール中の柊です。不審な格好をした外国人と遭遇しました……はい…………はい……」
変な音がなると思うとそれを耳につけて話始める。相変わらず何の言葉を喋っているのか分からないが、あの板は通信魔法を行うための道具か何かだろう。
――まさか、俺様のことについて報告してるのか……?
「はい……そうですか。連れて行けばいいんですね……はい、失礼します……」
耳から板を離して指先でピッと不思議な音を出す。おそらく、魔法が終了したのだろう。見れば見るほど不思議な装置だ。
「もう、言葉の通じない外人をどうやって連れて行けって……通訳能力者でも連れてきてきなさいよ……」
何やらぶつくさと言いながら魔道具をポケットに仕舞う。俺様を拘束して尋問をしたいのだろう。面倒だな。
この小娘一人を殺すのは簡単だが、ここで騒ぎを起こせば周りの人間がアリのように群がって俺様を袋叩きにするだろう。
普段ならば劣等種である人間を何百、何千と相手しても蜘蛛の巣を散らすように一振りで木っ端微塵にできるが、今の我は盾となる側近や軍がいない。
――それに……後ろを走る鉄塊のカラクリ……こんな未知なるものを使役する人類の集団……アレが我に牙を向けはそれなりの脅威となる、リスクがあり過ぎる。
勇者と戦闘したばかりで魔力や体力も万全じゃない。ここは――大人しく従うふりをして目眩ましをしたあとに転移魔法で逃げ出すのが得策だろう。
喉の奥で唸るように呪言を紡ぐ。指先に熱を集め、目の前の小娘を灰燼に帰すイメージを鮮明に描き上げる。これほどの近距離ならば、詠唱を省いた初歩の火炎魔法でも十分に致命傷を与えられるはずだが……
「……っ」
――なぜ身構えすらしないんだ? こいつは……?
目の前の女は魔法の発動をするために魔力を高めているはずなのに身構えすらしない。攻撃の準備をしようとしてるのに丸腰だ。
「……Are you okay?」
小娘は我が殺意など微塵も感じていないかのように、首を傾げて別の言語を口にした。大陸共通語とは音韻の全く異なる、妙に軽やかで抑揚のない響き。先ほどの言語ともまた違うようだが、結局のところ何を言っているのか皆目見当がつかない。
「あーもう、言葉が通じないなら仕方ないかぁ……ほら、こっちきて!」
「なっ、は、離せっ!」
細い指が逃がさんと言うように右腕に絡みつく。
無理やり腕を引っ張られてどこかに連れて行かれそうになる。舐めやがって……灰にしてやる……!
エネルギーを手のひらに集中して手のひらに集めるイメージ……火の玉が巨大な業炎となり目の前の女を魂ごと世界から蒸発させる――はずだった。
「ほーら、こっち! もう、抵抗しな―い!」
「っ……な、なに……?」
目の前に飛び込んできた光景により魔法の発動が止まることとなった。視界に映る不可思議な光景、少女の細い指が俺様の白く滑らかな右腕をつかんでいる光景……
「あ……」
漏れ出た声も鈴を転がしたような高いソプラノを奏でいていた。なぜ気づかなかったのか、突飛な世界に飛ばされて混乱していたせいか?
よくよく考えればなぜこんな非力な女の腕すら振りほどくことができないのか、なぜ人間どもが魔族王である禍々しいはずの姿を見て騒ぎすら起きないのか、その納得いく理由が頭のなかでどんどんと構築されていく……
――性転換魔法……古から言い伝わる禁術の単語が頭によぎる。だとしたら……今の俺様は……っ……!
「ぐっ……女、貴様に構ってる暇などない!」
魔法の発動が妨害されたが完全に失敗した訳では無い。左手から放たれた黒炎は威力は激減したものの発動する。
「――発火能力ッ!? マズッ……!」
女は手を離して距離を取る。炎は女の髪の毛を掠っていきその後ろにある地面に着弾し地面を焦がして火花を散らす。
人間どもは急な魔法発動に驚いたのか腰を抜かしたり、悲鳴をあげて慌てて逃げ出したりと様々な反応を見せる。
――今だ……身体強化……!
体がスッと軽くなり力が湧いてくる。
「きゃあっ!!」
女を突き飛ばしてこの場から逃走する。くそ、この魔王が……このディアスが逃げることになるとは……!
「くそっおっ……!」
喉の奥底から絞り出すように出た声も覇気のない怯えた少女の声となって霧散していく。ステップを踏むたびに胸部に不穏な波打ちが起きる。
「不審者と接触! 発火能力を使用! 至急応援を――!」
後ろからは先ほどの女が携帯していた魔道具に叫んでいる。恐らく救援を求めているんだろう。
――俺様は捕まらん、すぐに魔法を解除して滅ぼしてやる……!
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