清盛の死を祝う
掲載日:2026/03/27
治承5年閏2月4日、清盛が死んだ。
後白河は今様を舞う。
「滝は多かれど 嬉しやとぞ思ふ 鳴る滝の水 日は照るとも 絶えでとふたへ やれことつとう」
五十をとうに過ぎた身であったが、その声は若き日の張りをまだ失っていない。
限りある青年期を捧げた庶民の芸で、男の死を祝う。
共犯者、宿敵。
いくらでも呼び名はある。
それでも振り返ると、まず最初に浮かぶ言葉はただ一つ。
清盛は、後白河の「友」であった。
その友の死を、歌って祝う。
ゆだるほどの発熱に苛まれ、背負いきれぬほどの業を抱えたまま逝った男に比べ、どうして同じ業を負う自分だけが、まだ生きているのか。
今様を紡ぐ口元が、ふと自嘲に歪む。
だが、かつてそれに気づいた者たちは、もう誰もいない。
あれほど憎み、あれほど愛した男は他にいない。
互いに爪を立て合った年月のうち、なぜか思い出に浮かぶのは在りし日の瀬戸内の、あの眩しい光だった。
これは構想している小説冒頭部です。
いつか長編として書きたいです。




