第89話 ロウドンの戦闘(2)
刃は水平に降る雨のように鋭く襲ってきた。なんとか身体を捻りながら後退したが……やはり恐るべき剣術というわけでもなく、特別なものというわけでもない。
この程度の者に押されている自分が不甲斐ない。どうしようか……目でも瞑れば斬れるか? ……いや、どうせ魔力で感知してしまうからな……。しかしオレはコイツを斬ってやらないと気に入らない。
「……ムカつくんだよ! 死ぬのは君だ! 勝つのは僕だ! それなのにスカしている君が気に入らない!」
「おいおい、冷静さを欠いちゃ勝てる戦いも勝てねぇぞ」
「邪魔なんだよ! 子供でも人質にすりゃ君のような雑魚は手も足も出ないくせに……!」
「……」
相当のストレスを負ってそうだな。……ムカついてんのはこっちだって話だ。罪のない者達を殺して……それを改めようとも考えない。誰もコイツを裁けない。……クソッ! 考えたらまた腹が立ってきた。
「『剣突』!」
「うがッ!」
大量の魔力を込めた突きが、一瞬のうちに十も二十も打ち込まれた。なんとか刀で受け止め、頭には刺さらなかったが、胴体や四肢にはいくつもの小さな風穴が空き、城壁に向かって吹き飛ばされた。オレは一体、戦闘中に何をしていた? 何か変なことを考えていなかったか?
「ふふっ……やっと効果が出てきたらしい。操るほどの効きは出ないが、どうだ? 洗脳される気分は?」
……。脳に何かしら影響が出てたようだ。ヤツの魔力を破壊するおかげで精神を支配されることはなかったが、少しずつ蝕まれていたらしい。……集中力が切れていたな。
オレは尻もちをついたまま上体を起こし、刀を鞘にしまった。引き裂かれた肉は尋常ならざる痛みに耐えていた。もう眠ってしまいたい気分だ。
これ以上傷を負うわけにも、動くわけにもいかない。一瞬だ。躊躇うことがないように、瞬きよりもずっと速く……
「安心したまえよ。私は殺しに苦痛は与えない主義なんだ。死、それが罰で代償なのだから、それ以上の罰は不要だろ?」
「“抜刀”……」
カルテッドは細剣をオレの首に当てながら話した。しかしオレはそれが首を斬るよりも速く、カルテッドを通過して袈裟斬りにした。
「『枯風』………!」
「ぐぁッ!?」
腕の震えに耐えながら、拒絶反応を起こす前に居合の一撃を放った。冷たい汗が頬の傷口を伝った。恐ろしかったけれど、もう過ぎたことだ。無駄に考えることはない。カルテッドの傷は深い。起き上がることはないだろう。
「ミラ! 終わった?」
輪状の森の外からルーシュが飛び込んできた。そこそこの数を相手にしていたと思うが……怪我はしてなさそうだな。良かった……
「ああ。ありがとな」
ルーシュに浅い傷だけ癒してもらい、結界を壊した。思ったよりも時間がかかってしまったな……。
もっと早くに覚悟を決めていれば……いや、よしておこう。とりあえず今は勝てたからいい。
「……殺さないの?」
「殺したいのか?」
「…………だって、ミラを殺すつもりだったんだよ? それに色んな人が殺された。……私は複雑だよ。殺さないように斬ってるんだもん」
「裁くのはオレの仕事じゃないからな」
……疲労がすごいな……。身体の方は割と元気……いや、傷は相当負っちゃいるが、精神がぐっと疲れた感じだ。
……なんでこんなに戦うことが怖くなったのか。人の顔を見るだけでも疲れるようになっちまったっていうのに……
「ガラリネオさんは?」
「戦ってるよ。たぶん歴史の破壊者だと思う」
「戦況は?」
「……良くはない。アイツ、かなり強いよ。相性が悪いのと、こんなところじゃ大規模魔法も使えないから」
オレはルーシュの肩を借りて立ち上がった。確かに凄まじい魔力がぶつかり合ってるな。魔力の大きさで言うならガラリネオさんの方が上のようだが……
参ったな……手伝おうにもステージが違う。ルーシュが手を貸しに行かないのも、多少は戦いが成立しても結果として足を引っ張ることになると分かっているからだろう。ただこのまま戦えば負けるのはガラリネオさんの方だな。
「人の戦いに手ぇ出すのは好きじゃねぇんだがな……」
「ん?」
「背に腹はかえられねぇか。ルーシュ、あそこの塔のてっぺんまで連れてってくれ」
「……分かった」
ルーシュに少しずつ傷を癒してもらったおかげでだいぶ楽に動けるようになった。心の方の疲れは変わらないが、痛みが和らぐだけでずっと楽だ。
城から500メートルほど離れたところにある高い塔に向かい、それを駆け上がった。階段は使わずに、ルーシュが生み出した蔓を利用して外から頂上に上った。そこに着いたら片膝をついて身体を安定させた。
「ルーシュ、木でも蔓でもいいんだが、弓形でしなりのあるヤツ作ってくれるか?」
「弓形? ……まぁいいけど」
ルーシュは困惑しながらも枝を数本と蔓で補強したものを作ってくれた。……うん。魔力の通りも頑丈さも充分そうだな。想定以上に良い物を作ってくれたな。
「こんなところから何するの?」
「これだけ離れてりゃバレないだろうからな。射つ」
「射つって……矢なんて持ってるの?」
「飛ばすのは魔力の刃だ」
オレの能力、『殲滅の騎士』は魔力そのものに刃を乗せることができる。そしてそこにセリアの炎も上乗せし、矢の形を模した。
先の戦いで天現融合も“叢雲剣”も使わなくてよかった。おかげで今、全ての技をこれに込められる。矢の先端には白天を作り、歴史の破壊者、C72に照準を合わせた。
「ッ……!! ルーシュ! たぶん……コレ撃ったらオレはもう動けなくなる……っていうかたぶん身体が壊れる……から! 後は頼む……!」
「『火剣矢』!」
余った全ての力をその矢に込めて放った。その矢は音を斬り裂くほど速く力強く突き進んだ。ちょうど今、C72に大きな隙ができていた。




