第85話 異常者(1)
水の月1日
妻が死んだ。スラム街で病気を患ったからだ。妻はいつも国民のために尽力していた。王妃となろうともその権威に威張らず、常に身を粉にして民のために働いた。
私はどうすればいい? 答えは簡単だ。妻の無念を晴らせばいい。これ以上私の大切な者を奪われるわけにはいかない。妻の愛したものを失くすわけにはいかない。
私は国民と大切な息子達のために働こう。そうでもしないと死んだ妻に顔向けができないというものだ。
同月2日
昨日は酷く落ち込んでいたが、私はなんとか持ち堪えることができた。いつまでも嘆いていては妻に笑われてしまうからな。
息子達は未だ悲しんではいるが、これまで通りに振る舞おうと頑張っている。民に心配をさせないということは極めて重要だ。いずれ彼らのどちらかが国王としてこの国を引っ張っていく未来もそう遠くはないのかもしれない。
しばらくこの日記を書くことはないだろう。まずは国を再び活気づけるために尽力しようと思う。
………
葉の月16日
妻の死から二ヶ月が経ち、街はすっかり暑くなってきた。今日は気になったことがあったからここに記しておこうと思う。別に何があったというわけでもないのだが、今日の観光客から感じる気配がただではなかったからだ。
一方は黒い髪の小さな少女、そしてそれに従うような仮面をした男だった。街中をただ歩いていただけだが、あの二人には何か、説明できぬ恐ろしさを感じた。何かが起こるわけでもないとは思うが……万が一、万が一にも何かがあった場合、アレにだけは手を出してはいけない。
これが日記であるために、そして私がほんの一瞬しか見ていないために詳しく情報を残せないことを許してほしい。そしてそのときのために私はしっかりと記憶に残しておこうと思う。
***
……これは4205年、今から二年ほど前の日記か。戦争が始まったのはこれから一年ほど後……間違いないな。
証拠としては弱いだろうが、オレの直感では確かだ。この二人が歴史の破壊者……いや、もっと言うならルシファーと恐らくオレが遭遇した仮面の男だろう。
一応仮面をしたヤツがアイツだけとは限らないわけだが……ボスが行動を共にするのならアレくらいだろう。
しかしまぁ……イカれた王だなんてよく言ったものだ。これを見る限りは国民想いの良い王じゃないか。
「ルーシュ。手掛かりになりそうなもんは見つけたから、最悪見つからなくてもいいぞ」
「よかった! ……ッ! 誰ッ!?」
「なッ!?」
ルーシュの声によって、オレは部屋に入ってきた人影に気づいた。魔力は感じなかった。
魔力感知を怠っていたわけではない。警戒を緩めていたわけでもない。その影は突如として現れたのだ。
「おいおい、誰だなんて、そりゃああんまりじゃないか? ここは王城、侵入者は君達だろう?」
「ああ、カルテッド様でしたか。……どこから現れたんで?」
明かりのない部屋では分かりづらかったが、部屋に入ってきたのは第二王子、カルテッド様だった。それならまぁ……刀を抜く理由もないが、なぜ魔力を感じなかったのか、そこが重要だ。
「まったく……さっきから酷い物言いだね。この部屋は魔障石と呼ばれる鉱石でできてるんだ。どういうものかは分かるね?」
「なるほど……。納得です」
魔障石は魔力を遮断するものだ。外部の魔力を感じることがなきなくても不思議ではない。高純度であれば能力や魔法の発動を封じるものとしても利用ができる代物であるため、なかなか貴重でもあるんだが……流石は王族といったところか。
「物申したいのはこちらだ。侵入するのは明日ではなかったのか? 今日ならそうと言ってくれればいくらか手を打てたのに……」
「いきなり信用しろというのも無理な話でしょう。素直に情報を渡すほど愚かではありませんよ」
「ははっ! 確かにな。愚かな人間は長生きできん。ずる賢いのはいいことだ」
日記をしまって部屋を出ようとしたときだった。何かが起こり、身体の力が抜けそうになった。何かに刺された。




