第74話 魔眼(1)
校長室から寮に帰る途中、生徒会室の方へ寄ってみた。確信はないがもしかしたらルーシュがいるかもしれないし、いなくても回り道をした方が会えるかもしれない。どうしても会わなくてはならないわけでもないが、会えるのならば早いに越したことはない。
「あっ! ミラじゃん! 昨日帰ってたんだっけ?」
「ああ、ルーシュ。ちょうど探してたんだ」
背後から呼ばれる声に振り返るとルーシュがいた。本当に会えるとは……可能性は低いと思っていたんだがな。迷宮でほんのちょっと無茶したことを良い塩梅に話しておこう。
「……? なんかすごい……何かあったの?」
「? いや、学外学習のことでちょっと話しておくべきことがあってな……。……ッ!?」
……? 何かが変だ。ルーシュの顔を見た途端にオレの意思には反して呼吸が荒れ始めた。いや、正しくは声を聞いたときからだろうか。
肺に酸素を取り込めないほどに呼吸が乱れ、心拍数も加速度的に上がっていくのが感じられた。
「ハァ……ハァ……ゔッ……!」
「ど、どうしたの!?ミラ!?ねぇ! 大丈夫!?」
「ぁあ……ああああ!」
「ミラ!?ミラ!!しっかりして!!」
いつからかルーシュの声は聞こえなくなり、息もだんだんと苦しくなった。視界も次第に暗くなっていった。身体が酷く震える。恐ろしく寒く、暑い。
何かに恐怖していることだけが分かった。しかし何に恐怖しているのか。分からない。ただひたすらに恐ろしく、そして次第に謎の虚無感に襲われた。
何のために生きているのか。死んでしまった方が楽なのではないか。なぜかは分からないがそんな自暴自棄な感情に沈んでいった。
「ッハァ! ……ハァ……ハァ……。……なんだ……?」
気づくとオレは保健室のベッドに横たわっていた。いつの間にか空は赤い。……気を失っていたのか?
……熱は無さそうだが依然として身体は小刻みに震えており、身体はどこか重くも感じた。
どうしたというのだ……仮面の男に遭遇して以降、オレは何かがおかしくなっていた。
「ミラ……! みらぁ……!!」
「ッ!!ルーシュ、どうしたんだよ……? ……ゲホッ……ゔぅ……」
胃酸が溢れ出そうな気持ち悪さがだんだんと大きくなってきた。いっそ吐いてしまいたいのに、吐けないのが気持ちの悪さに拍車をかけている。
……頭が痛い。人と出会う度に似たような感覚になるが、なぜかルーシュに対してはそれが一層強まる気がする。
「……ねぇ、ミラ。もしかして私のせいで……」
「そんなんじゃねぇよ……ただちょっと……気分が優れないだけで……」
「気分が優れないだけじゃ気絶なんてしないよ! ……すごいうなされてたし……普通じゃないよ!」
「あれ? グランデュース君起きてるじゃん。……悪いけどアリベル君は出ていてくれるかな?」
「……はい」
そう言って保健室に入ってきたのは医務のリュウラ先生だった。普段から保健室にいるため関わりは少ない。まさかお世話になることがあるとは思っていなかった。
リュウラ先生の指示でルーシュは保健室を退室し、この部屋にはオレと先生の二人となった。
「さて、この際はっきりと問うがね、アリベル君と何かあったのかい?」
「……いえ、何もありませんが……」
「そう言われても信じられんね。君は寝ている間でも彼女の声を聞くたびに魔力が乱れていた。何もないことはないだろう」
「そうは言っても……昨日学外学習から帰ってさっき会ったばかりですし……。それ以前は何ともありませんでしたよ?」
「ならば学外学習だね。思い当たる節は?」
やはり仮面の男か……? しかし正直に言うわけにもいかないし……オレだってよく理解しちゃいない。
「心当たりがないと言えば嘘になりますが、話せるほどの情報がありません。本当に何も分からないんです」
「………ならば追及するのも失礼というものだね。なら君の状態について軽く話しておくが、“何か”の影響で常に精神に負荷が掛かっているようだ。その“何か”は分からないけど、そのせいで心が全く癒せていない。できることなら一週間でも二週間でも休むべきだね」
「休めないわけでもありませんが……それは落ち着かないですね。私としては動いていた方が気が紛れるような気がするというか……」
「君がそう思うなら止めないよ。ただそうだね……案外ストレスというものには気づきにくいのが普通だが、君の場合相当のストレスだから分かりやすいね。どうも白髪が生え始めているようだから分かりやすいか」
オレはリュウラ先生から渡された手鏡を見てゾッとした。みんなが口を揃えて“死んだような目”とか“疲れた目”とか言っていた意味が分かった。




