第68話 懐かしい気配(1)
気づくとオレは牢の中にいた。腕と足が鎖で壁に繋がれており、隣にもその隣にも同じように拘束された人達が無限にいた。
なぜ拘束されているのか、なぜ牢に入れられているのか、理解はできなかったが、牢の外にはオレ達の主人がいた。最初は顔も、何をしているのかも見えなかったが、彼女が振り返ると全てが見えた。
主人はルーシュの顔をしていた。そしてルーシュは机の上で男を解体していた。男は苦しい悲鳴を上げていたが、次第にその声はなくなっていった。
ルーシュは顔に血飛沫を飛ばしながら、不気味に笑っていた。
出される食事は生ゴミ同然のものだった。銀皿に装われた餌のようなものを、オレ達は犬のように食べた。
中には腐った食材もあり、とても食えたものではなかったが、生きるためには食うしかなかった。オレ達は奴隷なんだ。いつでも壊すことのできる彼女の所有物。
恐ろしかった。オレは心から震えた。死ぬことが怖かったのか? 違う。壊されることが怖かったのか? それも違う。もうすでに壊れていることが怖かったのだ。
この世界は異常だった。現れる人達全てがオレと関わりのあった人達だが、その全てが実際の者とは性格や立場が一切異なっていた。
首を鎖で繋がれ、四足歩行でルーシュを背中に乗せながら歩いていると、街の人達はオレを気にすることはなく、空は闇に包まれていた。これが夢か幻か、とにかく非現実のものだということはすぐに理解した。
しかし、オレの頭はどうしてか現実だと認識していた。夢だと分かっているのに、夢だと割り切ることができない。この苦しみを理解してくれる人はいるだろうか?
しばらくするとルーシュは何人も、何十人も奴隷となった者達を殺していた。オレはお気に入りだったのか殺されることはなかったが、もう普通には生きていけないほどの傷ができていた。
左腕は猛獣の餌となり、右脚は海獣と競走させられた際に失い、右腕は実験のために溶けてなくなった。全身に焼印を入れられ、ルーシュが退屈しているときはただ無意味に鞭で打たれていた。
毎日一度だけ与えられる餌にも抵抗がなくなり、そのときにはもう感情の起伏もなくなっていた。ただ主を怒らせないように、罰を受けるときもただ大人しく。
この世界が夢なのか現実なのか、オレには分からなくなっていた。考える力さえもなくしていた。
どうしてルーシュに反抗しようとしなかったのか。こんなことをするなら彼女はルーシュではないと分かっているはずなのに。
それは彼女が楽しそうだったからだ。どんなに道を外れていようとも、彼女が幸せそうだったためにオレはそれを止めることができなかったのだ。止めようとすら思えなかったのだ。
どれくらいの時が経ったのだろうか。それはある日のことだった。首を鎖に繋がれたまま歩いていると、ルーシュは道を歩いている少女を手にかけようとした。
少女は何の特徴もない、顔すらよく見えない子だった。しかしなぜだろうか。それだけは許せなかった。
オレはないはずの手でどこからか刀を取り出し、それでルーシュの首を落とした。今まで奴隷達がどれだけ殺されようが沈黙を貫いてきたのに、なぜ今、ルーシュを殺すことにしたのか。
それはたぶん、殺されそうだった少女にほんの少し、本当のルーシュの影を見たからだ。そのためにオレはルーシュを殺してしまった。
後悔はしていない。だが無限の喪失感がオレを襲った。今までの時間は何だったのか。何のために耐えてきたのか。
……ルーシュのためだったハズなのに、そのルーシュをオレが殺してしまった。もはやオレが生きている理由がここにはなかった。
オレはルーシュを斬った刀で、自分の心臓を貫いた。
***
闇の中から目を覚ますと、オレは知らない場所にいた。オレは今まで何をしていた……? 考えていると、身体が自由に動かないことに気づいた。
オレは腕と足を鎖で繋がれ、牢の中に入れられていた。牢の外に見えたのは、確かにルーシュの姿だった。




