第36話 わがまま(2)
授業が始まるまでは少し時間があるが、あまりギリギリに行くのもよくないだろう。今日は特に色々聞かれるだろうし。鞄に荷物を入れ、オレは部屋を出た。
「グランデュース……!」
「げっ!!」
教室へ行くために廊下を歩いていると、後ろからオレを呼ぶ声がした。その声はよく知っているものだった。顔を合わせたことは少ないけれど、この学園にいればその声を、顔を知らない者はいない。学園内においては校長よりもずっと存在感のある教師だ。
「“げっ”とは何だ?」
「鬼……いや、ジンデール先生じゃないですか。……聞き間違いですよ」
ジンデール先生、学園外でも有名で、生徒からはよく“鬼教官”と呼ばれている先生だ。学園内では生徒会長含めて四人しかいない七星級の一人。
確かルーシュの担任で、生徒会の顧問でもあったはずだ。黒い噂は聞かないけれど、その代わり怖いという話ばかり聞く。それでいて生徒からの信頼は厚いから“良い人”ではあるのだろう。
「まぁ構わん。聞けばお前、獄境で大変な目に遭ったそうではないか。魔法学園は戦闘を教える場でもある。いずれ戦場に立つやも知らぬ生徒に対し、教師である俺からこの件に関して偉そうに注意することはできない。よく生きて帰った」
「ありがとうございます」
「……魔物にやられたと聞き、お前の守護者がいてそんなことはないだろうと思ったが……まぁ俺には伝えられない事情でもあるんだろうな。これからもくれぐれも注意して過ごしなさい」
「ええ、もちろんです」
少し話していても分かるが、怖い表情や声とは裏腹に、どこか優しさを感じられる。生徒からの人気があるのも分かるような気がした。
「……で、ここらは一人の大人として言わせてもらうが、お前はもっと自分の身を大切にしなさい。無理して戦うな。命がなければ何を守ることもできなくなるぞ。できるだけ守ってもらうんだ。前に出なければ強くなれないのは分かる。俺も昔からそうしていたからな。その上で偉そうなことを言うが、何よりも自分の命を優先しなさい。だいたいお前の戦い方は大雑把すぎるんだ。繊細な技もあるのに、どこかで自分の身体を軽んじている。もっとお前は自分の強みを……」
あぁ……これはダメだ。説教モードに入ってしまってる。たぶんしばらくは解放されないだろう。こうなると授業にすら間に合わないかもしれない。
……いや、規則に厳しいジンデール先生に限ってそんなことはないか。
「っと……まぁ俺からグチグチと言うのはこれくらいにしておこう。俺以上に色々言いたい人は多いだろうからな」
「……あっ! お久しぶりです……」
「お帰りなさい、ミルアルト君。心配しましたよ」
「ははっ……申し訳ありません」
振り返ると、そこに立っていたのはランファ先生だった。彼女はオレの、つまり一年特等クラスの担任だ。彼女もジンデール先生と同じく七星級だ。……オレは五星級になったわけだが、二人にはまだ敵いそうにない。
「ジンデール先生からはなんと?」
「あぁ……自分の身を大切にしろと……」
「そうですか。なら同じようなことを何度も言うのはやめておきましょう。……私はね、君が獄境で死にかけたと聞いたとき、退学を勧めようと思ったんです。まだ選択肢は多いですから、辛い思いをするなら辞めた方がいいんじゃないかって。でも今の君の顔を見ると……私から言えることはありませんね。生徒の道を応援するのが教師ですから。それに今回の旅で随分成長されたみたいですしね」
「……」
「まぁでも、辛いことがあったら誰かに頼ってくださいね。それができないなら逃げてください。私はいつでも君の味方をしますから。そして……今まで苦しい道を選んできた私が言えるようなことではありませんが、やっぱりどうか、苦しいことは避けてください。教師は……いや、大人は子供の苦しむ姿を見たくないものなんです」
先生の言葉が痛かった。言っていることは理解できるし、オレだって楽な道を進みたいという気持ちがないわけではない。オレの行動が人を心配にさせていることを考えると……だがオレとしてもやりたいことは、やらなければならないことはある。
「……茨の道でしか得られないものもあります。ですがまぁ……先生の言うことならオレも極力従うようにします。あなたにはいつも世話になっていますから」
「そう……そうしてくれると嬉しいわ。……とりあえず教室に行きましょうか」
オレはランファ先生の後ろについて歩いていった。教室に行くのはいいが……あとでルーシュには会っておかないとな。今回のことで誰よりも心配かけただろうし、生徒会の件もある。




