第29話 “8”(1)
混沌竜に何度も剣を向けたが、感覚としては大地を斬ろうとしているようなものだった。傷をつけることは可能だが、とても切断するには及ばない。
オレは体力を消耗するのに魔物には疲労という概念すらない。ちまちまやっていても埒が明かないが、魔力を出し切ってしまうのも考えものだ。“白天”を使えば身体を撃ち抜くことも容易いが……それで殺せる保証もない。躱されるか防がれるか、あるいは逸らされるか……いずれにせよ簡単なことではない。
そのくせ一発しか撃てないのだから、迂闊に使うことはできない。
「くそッ……! 硬ぇし再生が早ぇんだよな……」
最初は脚を崩して脳を撃ち抜こうかとも考えていたが、脚を一本斬り落としたところで何も変わりはしなかった。二本目を斬ろうとすれば、そのうちに一本目が再生している。
首を何度も斬りつけて落とそうとしても同じことだ。オレの攻撃力がヤツの硬さ、再生力を上回らなければいけない。
「ギィャラアアアア!!」
「うぐッ……!!」
腐った身体でありながら、その俊敏さはオレと同じくらいだ。そして鋭く巨大な爪がオレに襲いかかり、避ければ牙が襲ってくる。それに少しでも触れれば重い魔力が身体中を刺す。そして少量の毒が身体を痺れさせる。
混沌竜はよく毒属性だと聞くが、オレの身体に入った毒は魔力由来のものだけではない。恐らくは細菌によるものが多いだろう。
オレの反属性魔力が毒の魔力を分解するため、ある程度の抗体はできている。だが油断してはならない。時間をかけるのは得策ではないかもしれないな。
「『殲滅灰剣』!!」
「『斜断嵐』!!」
「ガ……ボガァアアアア!」
強力な二回の攻撃で、混沌竜の右前脚を削り斬った。複雑な切断面を作れば回復にも多少時間がかかるだろう。
その隙を狙ってさらに追撃しようとすると、混沌竜は口から毒の霧を吐いた。オレは急いで口を覆いながら後退した。
「ぐはッ……!!」
「ギィヤアア!!」
混沌竜は目がないくせに、どうもその勘というのはなかなかに鋭いらしい。後退したオレを長い骨の尾で薙ぎ払った。
オレの身体は洞窟の壁に打ち付けられ、骨と内臓が酷く痛んだ。折れたり破裂したりはしていないだろうが……呼吸が苦しくなり、口からは血が流れてきた。痛みのせいで呼吸は荒くなり、荒くなれば毒を吸い込んでしまう。
マズい……マズいが、セリアはまだ出てこない。彼女から見て、まだ危険ではないということだ。オレはコイツに勝てるということだ。
「くッ……はッ……はッ……! ……さて……どうしようか……。身体強化の魔法は使っていても速さで……力でも勝てない。……有効打になるのは“白天”くらいか……。……? いや、そうか……」
「ギャウワアアアア!?」
よろよろと立ち上がったオレを、巨大な魔物は爪で串刺しにしようとした。オレは圧縮した魔力を剣に纏い、それで噛みついてくる爪、指を斬り落とした。
さっきまでまるで歯が立たなかったのに、一振りするだけで豆腐でも斬るかのように刃が通った。混沌竜が柔らかくなったのではない。オレの剣が鋭くなったのだ。
「“白天”は圧縮の技術を使った技だ……。あくまで完成形ではなく……基本技なんだ。これはそうだな…………『叢雲剣』……と呼ぼうか……」
魔力が染み込んだ剣に、魔素がどんどんと吸い込まれていく。そして剣は白く発光し、強い熱をも纏っていた。小さく、そして激しい振動をしているのか、“叢雲剣”の刃は洗練された斬れ味を持っていた。
散布している毒の霧さえも散らすことができ、混沌竜も強く警戒している。恐らく敏捷さはさらに上がることだろう。
「グルゥワアアアア…………」
「ふぅ……」
混沌竜はジリジリと後ろに下がり、それでいて前脚は少しずつ前進させた。爪と牙は一層大きく、そして鋭くなった。そして毒の霧を吸収し、見るからに毒々しい見た目になった。
「『天翔……』!?」
「ギャオオオオ!!」
「がはッ……!」
剣で口を斬ろうとすると、混沌竜は脚と尾を使ってオレを吹き飛ばした。剣の鋭さが変わろうと、オレの身体能力が上がったわけではない。そして当然、相手が鈍くなったわけでもない。
相変わらず重い一撃が、オレの身体を壊そうとした。警戒心を高めたためか、さっきよりもずっと重い攻撃になっていた。肋骨と腕の骨が何本か折れ、ゴツゴツとした尾の骨と爪がオレの腹を斬り裂いた。




