第01話 天から来たる者
——“偉大なる光”に愛された“大いなる闇”の子が、世界を呑み込むその闇を打ち倒し、見事世界に光を届けた——
これは世界で最も有名な神話の一節だ。神話とは言っても、今から約一万年前に起こった史実が元になっているらしい。それゆえに、その神話は世界中で語り継がれているのだが……内容はあまりにもバカバカしいものだ。
というのもそれは、魔力を持たないという特異体質の英雄・ネフィル=エストが世界を救うという……。
「———君。ミルアルト君!起きなさい!」
「っ……ん……あれ?」
先生の澄んだ声が耳に響いた。寝起きは若い女の人の声に限るな。あぁ、いや、そうじゃねぇ。
「“あれ?”じゃありませんよ、まったく。目は覚めましたか?」
……変だな……普段はそう眠ることもないのだが……まぁそういう日もあるか。今日という日に眠るというのもどうかと思うが。
「大丈夫ですか? ミルアルト君。あなた、今日が何の日か……」
「天転召喚、ですよね。すみません。まさか眠ってしまうとは……オレも思わなくて」
「まぁ……いつもはしっかりしてますからね。それに免じて咎めません」
天転召喚、それは神話の時代に発明されたという技術だ。簡単に言えば死に、天界に昇った魂を再び現世に召喚するという……色々と制限はあるようだが。
「ではみなさん、遅れないように。特等クラスは最後になりますが……きちんと召喚室に来てくださいね」
16になる歳にただ一回だけ、その儀式が行われる。それが今日というわけだ。ちなみに一回だけ、というのは世界との条約を結んでいるらしい。つまり2度目はない、というわけだ。
そうだ。ここらで少し、自己紹介でもさせてもらおう。『中央政府管轄聖都魔法学園“高等部”』の1年特等クラス、まぁ魔法学園の生徒とでも思ってくれればいい。能力は……あぁ、いや。これはまた後で話すとしようか。
召喚室に向かう途中の廊下にて、視界が当然、暗闇に染まった。“またか”。オレにとって、これは珍しいものでもなかった。
「ふふーん、だーれだ!」
「……ルーシュでしょ。そもそもね、そんなことをするのは君しかいないんだよ」
「へへ、バレちゃった」
テヘ、と笑う少女の名前はアリベル=ルーシュ、オレの幼馴染のような存在だ。赤みがかった綺麗な髪の……。
ずっと幼いころ近所にやってきて、彼女を育てていた老人が亡くなったとき、オレの両親が引き取ったのだ。彼女は元々戦争孤児だったようで、血縁者もいない。
今の時代そういう者も少なくはないけれど、だからこそ、オレは戦争というものが気に食わない。
「今日は召喚の日でしょ? だから終わったら一緒に帰ろうよ。おばさんも今日はご馳走作るって言ってたし」
「オレ達は儀式の後だししばらく休日になるけど……ルーシュは普通に授業あるだろ?」
「お祝いの日は休むの! 校門で待ってるからね。置いてかないでよ!」
「どうなるか分からないんだから、あんまり期待し過ぎるなよ!」
校門へと去る彼女の背中に、オレはなんとも言えない感情になった。それというのも、召喚は必ずしも成功する、というものでもない。悪しき魂を持っているか、相性の良い魂がなかったか……そしてもちろん、失敗すれば2度目はない。
事実、ルーシュは2年前に天転召喚を行い、そして失敗している。正直、彼女ほどの澄んだ心と才能があれば、天人、つまり死した人族さえも召喚できたと思うのに……。現実はときに残酷なものだ。
***
オレが召喚室に到着するのはクラスで最後になっていた。そんなにゆっくりしてたかね。そして流れるようにオレの前に並んでいた人が部屋に入っていき、少ししてから出てきた。
召喚した魂は魔力と世界の力によって肉体を再現できるが、幽体化してその姿を見せないこともできる。部屋から出てくる者はみんな一人だが、表情からして召喚は成功している……のだろう。たぶん。
「ミルアルト君、準備はいいですか? 床に描かれた魔法陣に魔力を込めて、魂を呼び込むのです。魔法陣が光ると召喚が始まりますから、くれぐれも気を抜かないように」
「分かりました」
先生の指示に従い、オレは魔法陣に魔力を込めた。召喚する様子は基本的には人に見せるものではない。だからこの部屋には召喚を行う本人と説明係として先生が万が一の場合に備えているだけだ。
魔力を込めて少しすると、魔法陣が強く光りだした。大抵は動物や魔獣といった天獣が召喚されるけど……オレはどんなのがいいかな。動物が特別好きってわけでもないし、かと言って天人を召喚できるほど縁のある者はいない。
……現実的ではないけれど、ルーシュの親とかだったら召喚したいな。そうしたらオレも少しは彼女に貢献できるってもんだ。
「うおっ!!」
「ッ!?」
少し色んなことを考えていると、魔法陣から魔力が溢れ出してきた。魔力は部屋を、学園や街まで揺らしていた。今まで感じたことのないような……比喩ではなく、本当に嵐のような魔力だ。
オレはその重圧に潰されそうになりながらも、なんとか膝をつけずに立っていることができた。天転召喚というのはこれほどまでに激しいものだったのか。
……いや、違うな。この部屋は魔障石、つまり魔力を遮断する石で作られているわけではない。こんな魔力が毎回溢れていたら流石に気付くはずだ。それに先生の顔色からするにこれは異常事態だ。
魔力が渦巻き、魔法陣から女の人が召喚された。長く綺麗な金髪に、炎のように真っ赤な瞳だった。容姿も驚くほどに整っていて、絵に描いたような人物、まさに女神とでも言えるような人だった。
色んな衝撃のせいで、オレは何の言葉も発することができなかっが……一つ、オレが今日少しばかり不調だったのは、たぶん彼女がオレのことを見ていたからなんだろう。なぜそう思ったのかは分からないけど、オレは確信した。
「私を召喚したのは君だね? 私の名はネフィル=セルセリア。……君にはグランデュース=セルセリアって名乗った方がいいかしら?」
「……ッ!?」
その名を知らない者はまずいないだろう。神話の時代に活躍したグランデュース家の英雄にして、南大陸のミスロン王国の初代国王。そんな人が今オレの目の前に立っていた。
複雑だ。ルーシュのような優れた人間には誰も応じなかったのに、それなのにオレは神話の英雄を召喚してしまった。この世界はなんて理不尽なのだろう。目の前の奇跡に、オレはそう感じずにはいられなかった。
「ミルアルト、オレはグランデュース=ミルアルトです。よろしくお願いします」
「硬くしないでよ。君は私の契約者なんだから。ね? 私のことはセリアって呼んで。親しい人はみんなそう呼んでたから」
「……じゃあオレのことはミラって呼んでくれ。改めてよろしく」
オレは話にしか聞いたことのない英雄と握手をした。当然嬉しかった。嬉しかったからこそ、どこかやりきれない感情もあった。




