第130話 ルシファー(2)
人工生命体を払いながら、オレは校長室に向かって走り抜けた。一瞬、異様な魔力がルーシュのものに変化したように感じた。……いや、そんなわけはない。何にせよ、そこにはセリアがいるはずだ。ならば何があっても大丈夫……。
「はぁっ……はぁっ……セリ……ッ!?」
「……早いな、ミラ」
目の前にあったのはおかしな光景だった。草花の生い茂り、燃え盛る一室、そこに倒れる校長と片腕を飛ばされたセリア……そして何より……。
「おい、ルーシュ……何の冗談だよ……」
「無礼者め、口を慎め」
黒い髪、黒い瞳。それはルーシュのものではない。けれど、その肉体は確かにルーシュのものだった。間違えるわけがない。オレが何年、ルーシュを見てきたと思っているんだ。
「お前は何だ!! なぜルーシュの身体を……ッ!」
「耳障りな名を呼ぶな。まったく……名を失ったからと私の名前を使いやがって。記憶に刻め、私はルシファーだ」
「ッ……!」
ルーシュが……ルシファーだと? いや、そうじゃない。ルーシュの中にいたんだ。てっきり、歴史の破壊者の内通者が学園にいるのだとばかり思っていた。しかしそうじゃなかった。内通者ではなく、歴史の破壊者そのものが、ルーシュに……!
「『天翔』……ッ!」
「慎みなさい。王の御前ですよ」
「ぐッ……アルファ……!」
怒りのままに天現融合をし、斬りかかろうとした瞬間、どこからともなく現れたのが仮面の男だった。3度目だ、オレの前に現れるのは……。肩から腰にかけて斬り裂かれ、熱が苦しい。
「はっ……はっ……! お前ら……ルーシュを……」
「しかしミラよ、君には感謝もしているのだ。君がいたからこの娘の心を折ることができた。君の安全を保証しなければ、娘は身体を明け渡さなかったろう」
「くッ……」
顎を持ち、見下ろす視線に抗うことができなかった。強い、ただそれだけじゃない。まるで世界が違う。どう戦っても、一撃さえ入れることはできなさそうな……。
「ミラ、今は君を見逃すとしよう。君を殺しては娘の魂が崩れ、私の身体も崩壊してしまう。また次の機会だ」
「ルシファー、ネフィル=セルセリアはどうしますか?」
「守護者は殺せるものではない。それに言ったろう。現段階で人を殺せば、娘の魂が崩れかねん。放っておけ」
「承知しました」
ルシファーとアルファ、この2人がいてはまるで相手にならない。たとえセリアがいたとしても、敵わない。敵う人間などいない。いたとしたら……。
「ッ……ルシファー、撤退しましょう。奴が近くに来ています」
「何? タイミングの悪い。……が、お前を連れて来て良かった」
「お……おい! ルシファー!」
「ん?」
傷が痛む中、痛む肺を無視して声を張り上げた。脚は立たない。握った拳からは血が流れるばかり。
「はぁ、はぁ……お前は……オレが殺す! ……殺して、必ず! ルーシュを助けるぞ……!」
「ふっ、言っておけ。せいぜい楽しみにしておこう」
そう言って2人は姿を消した。思えば分からないことでも無かった……。ルシファーが初めて現れたという、そしてルーシュが全てを失くしたパンバール戦争。ルシファーが元凶だと、そのせいでルーシュが親も祖国も失ったのだと……!
「くそっ、くそっ……!」
「……ミラ、とりあえず逃げよう。ここも炎が……」
「……あぁ、セリアも腕、大丈夫か……?」
「死人だからね。魔力が回復したら治るよ」
そうだ。まず落ち着け。炎が燃え広がって、学園が崩壊する。今のセリアの魔力ではこの炎を全て回収することはできない。ならばまずは……死なないために、ルーシュに誰も殺させないために、みんなを誘導して……。
「あ……」
「どうした、ミラ?」
「いや……こっちの心配はなさそうだ」
「……あ、本当だ」
オレしか感知できないであろう、膨大な神聖力。アレを扱えるのはあの人しかいない。ベルベットさんでも、学園を包むほどではないはずだ。それをセリアも感知できるのは……長い関係ゆえかな。
「『天地逆行』」
「ははっ……規格外」
どこからか聞こえたそんな声に、周囲はみるみるうちに元に戻った。炎は消え、瓦礫は壁に直り、倒れたひとたちの傷も治った。当然、オレや校長の傷も。まるで何も起こっていなかったかのように。
後に世界に届いた報せは3つ。1つは聖都魔法学園に起こった襲撃について。天空都市が墜落し、崩壊した学園。しかしなぜか全てが元通りになったと。
2つ、十法帝の敗北について。死者はいなかったらしいが、怪我により再起不能となった者もいた。
3つ、これが最も世界を震撼させた。その内容というのが、魔天皇ネフィル=ユリハが人間に対して宣戦布告をした、ということ。




