第127話 都市陥落(1)
「最下層は五階層らしい。道中も魔物は多いだろうけど……どうしようか。魔物を相手する時間などないかもしれない」
「それならオレに任せてください。低級の魔物なら敵でもない」
オレの魔力の性質上、魔素の塊である魔物は簡単に倒すことができる。ならばオレ達が気にするのは最下層の強力な魔物と、恐らくそいつと共にいるであろう何者か。……しかし、今気になっているのはそれでもなく。
「なんでついて来たんですか!? ジンデール先生!」
「何度も言わせるなと! 生徒の危険を見逃す教師があるか! 安心しろ、ランファ先生が外の生徒は守ってくれる!」
「……仕方ない。なら、これから話すことは口外禁止で」
「承知した」
シューレットさんの口から語られたのは、ルシファーと歴史の破壊者についてのこと。オレは知っているが、知らない人からしたら衝撃だろう。よもや法帝を遥かに超える力をもった者がいるなどと……。
「にわかには信じがたい……事実なのか?」
「えぇ、紛うことなき事実。そして、ここにはその影がありそうだと、そういうことなんでしょ?」
「はい、間違いないと思います」
古代都市の底から溢れる嫌な魔力、これは歴史の破壊者から感じたものと同じだ。しかもこの量と圧……考えたくはないが……。
「しかしそうならば、余計にお前だけを行かせるわけにもいかない」
「ありがたいですけど、シューレットさんもいますし、オレも強いですよ? そこそこは」
「ジンリューとの戦いは見てたさ。強くても、変わらない」
鬼だなんだと言われる先生だが、彼はどこまでも先生だった。厳しいのは優しさの裏返し。それにしたって厳しいところはあるけれど。
「さて、そろそろ見えてきたね。準備はいいか?」
「はい!」
辿り着いたのは最下層、都市を浮遊させる巨大魔石の前。そこにいたのは鎧を纏った騎士のような魔物と、老いた容姿の男。ただその魔力は、とても衰えたものとは思えない。
「見たところ、そいつが混沌彼岸騎士だな? それで、お前は?」
「おぉ、こいつぁ大物が来やしたね。剣帝というと、法帝でもなかなか強ぇ方でしょう?」
「私はそんなことを聞いたんじゃないがな」
「まぁまずは、力試しだ。行け、彼岸騎士」
男の指示で魔物は一歩、動き出した。長く大きな剣を抱えるその様は、まさに騎士。ただ所詮は魔物、七星級とは言っても、相手ではない。
「アレはオレが……」
「待て、あんなものに時間を割くつもりはない」
「『破剣』!」
「……っ!」
「ほう……」
一閃、シューレットさんの一撃が魔物を二つに斬り裂いた。洗練された刃、オレの剣術よりも圧倒的に磨きがかかっている。……が、
「お前は無傷か」
「ふふ、いやぁ、すいやせん。どうやら法帝というものを侮っていたようだ。アーサー=ベルベットを除けば大したこたぁねぇと思ってやしたがね」
混沌彼岸騎士の鎧を真っ二つにした一撃も、あの男の皮膚を斬るには至らなかった。全容を把握できないほどの膨大な魔力で、ヤツは防御したのだ。
「せっかくだ。挨拶をしやしょう。あっしは歴史の破壊者、“黒の剣”を与えられし二番目の騎士。番外・ベータ。ご存知ですかい?」
「番外……だとっ!?」
二番、つまりアルファに次ぐ実力者! 五番のエプシロンとは格が違う。つまり、ヤツは……!
「先生、シューレットさん! ヤツには警戒だ! 恐らく、ベルベットさんよりも強い……!」
「……さて、どうでしょうな」
少なくとも、魔力量はずっと多い。そしておよそベルベットさんと互角だったエプシロンよりは、確実に強い。オレ達で敵う相手なのか……。
「……シューレットさん、これは……」
「あぁ、想定外だよ。まさかこれほどの者が来てるとは……」
身体が熱い。熱いのに、背筋は驚くほどに冷たい。額を、頬を伝う汗が止まらない。が、戦えない相手では……
「っ……! 先生!?」
まさに臨戦態勢を取ろうとしたその瞬間、身体がフワリと持ち上げられた。攻撃ではない。むしろ保護だ。ジンデール先生が、オレを抱えて走り出した。
「コレはダメだ! シューレットさん!」
「あぁ、あなた達は逃げろ!!」
「ダメだ! 先生! オレ達も戦わないと……」
「いや、ここはシューレットさんに任せる! お前をここに置くわけには……」
「そうじゃない! アイツから逃げられるわけ……っ!?」
ジンデール先生は『瞬速』の能力を持つ。無限の加速が可能な彼は、一秒もあれば音を置き去りにし始める。それでも……。
「はっ……はっ……!」
「くそっ……助かった、グランデュース……」
その速さをもってしても、ベータはオレ達の前に回り込んでいた。オレがなんとか蹴りをこの手で受け止めたから、“痛い”程度で済んだ。
「ほぅ、なかなかやるでねぇですか、グランデュースの」
「これでも歴史の破壊者とは何回も戦ってきたからな……」
腕が痺れて仕方がない。師匠の力ほどではないが、それでも今のオレで戦えるものではないと、その一撃で理解した。
「すまない、2人とも。私が止めるべきだったのだが……」
「いえ、仕方ないですよ。あの速さでは……。しかし、能力によるものではないですね」
「……なぜ分かる?」
「オレの魔眼のおかげです」
能力を発動する場合、それなりの魔力の揺れが生じる。それをオレの魔眼は捉えられるのだが……つまり、今の動きはただの身体強化によるもの……。
「なるほど、魔眼、ですか。そういやぁそんなことをアルファさんが言ってやしたか。……金色の水晶を継承したのだとか……」
「へへ……どんな力でしょうかね……」
ベータの一挙手一投足が死因になりうる状況。だが、魔眼による未来視にも近い直感があれば即死することは……?
「何をする気だ?」
「いやなに。役を果たすだけでござんすよ。アンタらに構う必要もねぇだろう」
「っ……マズい!」
ベータがそれに手をかけようとした瞬間、オレ達は一斉に飛びかかった。それはあってはならない。いや、予想はしていたが……!
「『天翔』……」
「『剣帝』……」
「『瞬身』……」
「ふふ、遅ぇな、アンタらは」
瞬きする時間もない速さ。それでもベータは、それより速かった。不利な状況で、オレ達は格上と戦わされていたのだ。
天空都市は、古代都市の底に埋められた巨大魔石により浮遊している。それだけのエネルギーを、家屋よりもずっと大きいその魔石一つで。
その日、魔石は砕かれ、天空都市は自由落下を始めた。




