第117話 客人訪問(3)
「立ち話もなんだ。入れ」
「あぁ、お土産を持ってきたんだ。それにしてもお前が弟子を取るとはな。今までだってグランデュースはいただろうに」
「たまたまさ。巡り合わせとでも言おうかね」
コンさんは含みのある言い方をしながら、ズカズカと足を踏み入れた。師匠が咎めないということはつまり、普段からこんな様子なのだろう。オレは奥からお茶を出し、コンさんに渡した。
「悪いな、グランデュースの……」
「あぁ、ミルアルトです。すみません、名乗ってなくて」
「ミルアルトか。良い名だ」
彼女は紅茶の香りを楽しむようにしてから、一口、小さく啜った。違和感が……なんだろうな。オレが一歩踏み出せば、そこからはまるで世界が違うような……。
「それで、私にわざわざ会いに来たのは、何かしらの用があってのことだろう? ただ思いつきで来たのなら、こんな土産は持ってこないだろう」
師匠はコンさんの持ってきたリンゴを転がしながら低い声で尋ねていた。まだ眠そうだが、意識ははっきりしているか。
「まぁなんだ。このところ、元気にはやってるか?」
「ふふ……何を聞くのかと思えば。そうだな。老後を満喫しているよ」
「ははっ! 長い老後だな。哀れな奴だよ、まったく」
探るような会話、含みのある言葉。口を出したいし聞きたいことも多い……が、それさえもなかなか難しい。
「積もる話もあるが……まぁ本題に入ろうか。アリスお前、世間の情報は入ってるのか?」
「基本的なものはな。ミラを鍛え始めるまでは下で料理屋をやってたから……新聞に載るようなことなら知ってるつもりだ」
「はっはっ! 柄でもないな!」
空気が重い……いや、魔力か。早く話せと言いたげな師匠の表情も、それを流して笑うコンさんの表情も……。それでも不思議な心地良さがあるのは、オレの知らない信頼関係ゆえだろう。
「まぁ本題に入ろうか。いつ頃かは知らんが、久々に地獄を確認してみて分かったんだがな。どうやらサタンが転生したらしい」
「ほう! 長かったな!」
「悪いが具体的な所在などは分からん。こちらで調べればなんとかなるやも知れないが……」
「いや、結構だ。どのみちアイツと私は出会うだろうし、会えば分かる」
サタン……聞いたことのある名ではない。が、その名前自体が持つ底知れない存在感と力。名前そのものが力を持っている……ということはつまり、サタンという者はまさに怪物のような力を持っていたのだろう。信じ難いが……恐らくアルファよりも。
「天界はどうだ? 争いはなかろうが……何かと忙しくはないか?」
「姉様はな。ほら、天転召喚があったろう? 今年は多かったみたいでな、まぁグラが話し相手になってたから苦痛もないとは思うぞ。私は……ほら、魂と肉体の融合がうんたらかんたらってのが面倒でな」
「そうか。楽しそうで何よりだ」
コンさんは天界の者なのか? 天使なのだろうか。まぁ……気にするほどのことでもないか。
「しかし私としても気になるのは……アリスお前、弟子を取るとはどういう風の吹き回しだ?」
「何も珍しいものでもないだろ。ベルドットのヤツだって弟子にはしたし……昔だって時代に一人くらいは弟子を持ってた。シャルもそうだろ」
「しかしグランデュースに縁を持つとは思わなんだ。ま、変に口を出すつもりもない。私はここらでお暇させていただくよ。ミルアルト、せっかくの時間を邪魔したな」
「いえ、オレのことは気にしないでください」
静かな嵐のように去っていくコンさんの背中を見つめながら、コップを片付けた。やはりというかなんというか……師匠は何か、グランデュースと縁があるのか。親か祖父母か……あるいはさらに昔か、少なくともオレは知らないが。
「何者なんですか? コンさんは……」
「コン? ……あぁ、ケイラのことか。アイツとは昔殺し合いをした仲でね。存在としては神様みたいなものだよ」
「神様と……殺し合い?」
「ふふっ……冗談さ」
そう言いながらオレの頭を優しく叩く様子からするに、まず冗談ではない。今でこそ仲が良く見えるけれど……昔は色々とあったのだろう。聞きたいのはそこではなかったのだけれど。
「さぁ、今日の修行を始めるぞ。そろそろ君に“黄金の魔力”を教えよう」
「っ! 嬉しいっ……ですけど……思ったより早いですね?」
「まずは理解してもらおうと思ってね。魔力制御と肉体修行はまだまだ続けるが、まぁ全体的に浅く広くやることにしたんだ」
深めるのはそれからだ、と、そう言う師匠の背中について行った。




