呼ばれる距離
山側環状を右折し、野田方面へ向かおうとした、その時だった。
GOが鳴る。
行き先は、末町。
――随分、遠くから呼ばれるもんやな。
画面を一瞬だけ確認する。
20代、女性。
もし、
末町から金沢駅やったら――
結構な金額になる。
そんな計算が、
期待とも欲ともつかない形で、頭をよぎった。
俺は深く考えず、
モバイルに表示されたナビに従って車を走らせた。
道は少しずつ街を離れ、
住宅がまばらになり、
視界に余計なものが減っていく。
指定された場所に着く。
車を寄せ、
ブレーキを踏み、
現着。
青く光る表示を、
指で押した。
……なかなか来ない。
モバイルが震え、
短いメッセージが表示される。
「少しだけ待って下さい」
了解のボタンを押し、
俺はそのまま車内で待った。
ふと、窓の外を見る。
このそばには、
ホテル滝亭があったはずや。
――こんな場所で、
タクシーを使う人って、いるんやろか。
そんなことを考えながら、
エンジン音だけを相棒に、
俺はお客様を待った。
ようやく、お客様が現れた。
行き先は、金沢学院大学。
――ああ、あそこか。
相撲や重量挙げで名前を聞くことの多い、
スポーツの強い大学。
そんなイメージが、自然と頭に浮かぶ。
後部座席に乗り込んできた彼女は、
ジャージの上下。
無駄のない身のこなしで、
いかにも“動く側”の人間やった。
競技は知らない。
名前も聞いていない。
でも、
この格好と、この空気。
――たぶん、
走るか、投げるか、持ち上げるか。
そんなことを考えながら、
俺は静かに発進した。
バックミラー越しに、
彼女の耳に白いイヤホンが差さっているのが見えた。
音楽を聴いている。
それだけで、十分や。
俺は、
余計なことは話さないでおこうと決めた。
ハンドルをまっすぐに保ち、
ラジオは入れず、
エンジン音だけを連れて走る。
この仕事には、
話す勇気と同じくらい、
黙る判断も要る。
そう思いながら、
俺はアクセルを踏んだ。
凄い急坂だな。
左手にあるローソンを過ぎ、
信号を左に折れたあと、
俺はそう思った。
アクセルを少し踏み足す。
エンジンの回転が、
わずかに音を変える。
この坂を、
彼女は毎日、
上り下りしてるんやろか。
そんなことを考えながら、
俺は黙ってハンドルを切った
長い登り坂を上り切り、
ようやく大学にたどり着いた。
彼女を降ろし、
ドアが静かに閉まる。
俺はそのまま、
Uターンして戻ろうとした。
その時だった。
行く手に、
両手を高く上げながら、
止めてきた男が現れた。




