最後のご褒美
22時を過ぎた頃、
街は急に静かになった。
さっきまで
一時間に二本ペースで客を拾っていたのに、
ぱったり止まった。
日曜の夜は、
こういう落ち方をする。
片町も、駅も、
人は少ない。
タクシーだけが
じわじわ集まってくる。
今日はもう終わりだな、と思った。
御供田の富士タクシー本社で給油して、洗車をした。
そのあと、
片町を一度だけ見て、
鳴らなければ帰るつもりだった。
今日は、取り切った。
三十一本。
四万七千八百円。
ロングは出なかった。
正直、
郊外五千円くらいの
ご褒美は欲しかった。
そんなことを思いながら
車を流していると、
GOが鳴った。
迎車地は
ひがし茶屋街。
思わず笑った。
今日は昼から、
東山がよく鳴った日だった。
最後も、ここか。
客は三十代くらいの女性だった。
飲み会の帰りらしい。
行き先は長田。
ロングじゃない。
でも、悪い距離でもない。
走り出して、
少し話をした。
どうやら、
大変な飲み会だったらしい。
何となく言った。
「僕にとって、今日最後のご褒美なんです」
その人は笑った。
「え、私がですか?」
「はい。今日最後のお客さんです」
それから、
いつもの話をした。
日本一の売上を上げた
タクシードライバーの話。
乗ってもらったお客様を、
全員幸せにするつもりで運転していた。
そんなドライバーの話だ。
俺はその話を
「僥倖」と呼んでいる。
その話が、
『右折の先に、客がいた』の
一番最初の出来事だ。
「実は僕、
タクシーの話を小説にしてるんですよ」
そう言うと、
その人は目を丸くした。
名刺を渡す。
小説の名刺だ。
「今日の話も、
小説に書くかもしれません」
そう言ったら、
その人は本当に嬉しそうな顔をした。
「え、嬉しいです」
そしてスマホを取り出して、
俺の乗務員証の写真を撮った。
「次、指名したいです」
そう言ってくれた。
長田に着いた。
特別な距離じゃない。
でもその人は降りる時、
こう言った。
「出会えて嬉しかったです」
ドアが閉まる。
その人は一度歩いて、
振り返った。
そして、
手を振った。
夜の長田で、
小さく手を振る人影。
その姿が、
バックミラーの中で
少しずつ小さくなっていく。
俺も軽く手を上げた。
今日の最後は、
五千円じゃなかった。
でも、
最高のご褒美だった。




