『踏む前の鼓動』
5時02分。
目が覚めた。
アラームはいらない。
深い眠りの底から、ゆっくり浮かび上がる感覚。
身体が、軽い。
静かだ。
だが、胸の奥がわずかに熱い。
まだ何も始まっていないのに、
鼓動だけが先に、今日を知っている。
昨日、野々市のぽかぽか湯で電気風呂に浸かり、
入念にストレッチをして、
サボテン食堂で生ビールを一杯だけ引っ掛けた。
スギちゃん、ナオちゃん、ヤッさん。
あまちゃんもいた。
いつもの席で、いつもの話。
大した内容じゃない。
でも、笑った。
身体だけじゃない。
心の力も抜けた。
22時には布団に入った。
やることは、全部やった。
今日は2月28日、土曜日。
給料日明け、最初の週末。
1月と2月、街は耐えていた。
雪と寒さと、固く結ばれた財布に。
今日は、違う。
溜めてきたものが、出る日だ。
8時30分、出庫。
向かうのは南町のホテル群。
狙いは明確だ。
ホテル → 観光地。
雨の朝、観光客は迷う。
「歩けるか?」
「濡れるか?」
「タクシー、使うか?」
少しの沈黙。
――まあ、ええか。
その一瞬を、俺は待っている。
距離はいらない。
1,200円でもいい。
1,500円でもいい。
今日は量産の日だ。
俺は元ロードレーサーだ。
ピストも走った。
だが、得意なのはロードレース。
補給の大切さも、
ハンガーノックの恐ろしさも、
身体に染み込んでいる。
21時間走る覚悟だが、飛ばさない。
朝は位置取り。
昼は流れを見る。
夕方、最初の山。
そして夜。
夜が最大の山場だ。
ツール・ド・フランスでいえば、最後の峠。
脚が残っているかどうか、それだけが問われる。
俺にとってのツールマレーは、片町の夜だ。
だから21時間走る。
夜に、かける。
港には、釜山から来たクルーズ船、イースタンビーナスが入る。
出港は19時。
17時前後、観光地から戻る韓国人客を
無量寺の金沢クルーズターミナルへ運べたら最高だ。
兼六園から港。
5,000円超え。
そこから無量寺の直線を抜け、内陸へ戻る。
目指すは稚日野町。
金沢サムライズの試合会場、
いしかわ総合スポーツセンター。
15時tip-off。
終了は17時過ぎ。
17時40分頃、
スポセン → 金沢駅。
約4,000円。
夕方だけで9,000円〜10,000円。
山は、二つ並んでいる。
そして夜。
給料日明けの土曜。
片町は弾ける。
1月、2月、苦しかったはずだ。
客も、店も、夜のお姉ちゃんも。
あの人たちは客を呼ぶ。
酒を入れ、気分を上げ、
街に熱を生む。
俺は客を産まない。
だが最後を運ぶ。
それでいい。
役割だ。
リスペクトだ。
エンジンをかける。
街はまだ静かだ。
だが、水の下では流れが動いている。
今日は80,000円が最低ライン。
100,000円も視野。
焦りはない。
脚は軽い。
まだだ。
夜まで、残しておく。




