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丸ごと消えた七時台

6時49分。

タクシーの窓は凍っていた。

ヒーターを全開にしても、 すぐには溶けない。

6時53分。

握るハンドルが冷たい。

こんな車内に、 お客様を迎えるのかと思うと、 少しだけ抵抗があった。

6時59分。

まだ寒い。

それでも出庫した。

GOの順位は過去最高。

903人中、上位10%。

今日は、やれる気がしていた。

7時台。

駅、武蔵、香林坊、泉野。

鳴らない。

周辺に8台。

順位はいいはずなのに、 選ばれない。

数字と現実が、噛み合わない。

晴れている。

弱い日は、弱い。

そう自分に言い聞かせる。

焦りはない。

そう思おうとしている。

ただ――

鳴らないのは、つまらない。

分岐で迷い、 渋滞を避け、 裏道に逃げ、 また中心へ戻る。

時計だけが進む。

7時台が、丸ごと消えていく。

消えていくのを、 ただ運転席から見送っている。

“攻める朝”のはずだった。

それが、 静かに削れていく。

8時22分。

駅に向かう道中。

鱗町の信号待ち。

GOが鳴る。

迎車は、池田町のAPAホテル。

鱗町から、そう遠くない。

信号が変わり、 車ならほんの十数秒。

すぐに、ホテルの前だった。

お客様とは、すぐ合流できた。

行き先は、白山市旭丘。

その音で、ゼロが消えた。

胸の奥で、 何かがほどける。

1時間以上、 動かなかった朝が、 やっとこちらを向いた。

取り返した、というより――

置いていかれた時間に、 追いついた感覚だった。

6,300円。

数字以上に、 重みがあった。

道中、聞いた。

TAKAMAZという会社に、 機械の状態を見に来たという。

大阪からの出張。

技術者。

勝手に

『下町ロケット』を思い出した。

町工場とロケット。

そういう熱を想像した。

「そういう感じではないです」

と、静かに笑われる。

でも、

「技術者であることは間違いないです」

その言葉には、芯があった。

派手じゃない。

誇張もない。

ただ、自分の仕事を、 当たり前に背負っている声だった。

降りる前に聞いた。

小説に書いてもいいですか、と。

少し間があって、

「美しく書いてくれるなら」

と、返ってきた。

その一言で、 この朝は、ちゃんと意味を持った。

凍った窓。

冷たいハンドル。

丸ごと消えた七時台。

あの時間があったから、 この一本は軽くない。

ジレた気持ちは、 消えたわけじゃない。

ただ、 報われる瞬間があることを、 もう一度思い出しただけだ。

晴れた空の下、 白山市へ向かう道は、 まっすぐだった。

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