地上のコクピット
まだ外は暗い。
暖房の音だけが、部屋の空気をゆっくり押している。
俺はクローゼットを開ける。
黒の作業ズボンを取り出す。
ワイシャツに袖を通し、ネクタイを締める。
鏡の前に立つ。
そして、MA-1。
うちの 富士タクシー は自由な会社だ。
制服のスーツじゃなくても、何も言われない。
だから俺は、自分で選ぶ。
スーツじゃない。
だが、これは俺の戦闘服だ。
MA-1は、もともとパイロットのための服らしい。
戦闘機のコクピットに座る男のためのジャケット。
俺が座るのは、戦闘機じゃない。
タクシーだ。
規模も、速度も、まるで違う。
それでも——
ハンドルを握る席は、
俺にとってのコクピットだ。
右折か、直進か。
待つか、流すか。
片町へ寄せるか、駅へ向かうか。
一瞬の判断が、
今日の数字を左右する。
鳴らない時間。
焦り。
アプリの画面に並ぶ、自分の位置。
積み上げた売上と、足りない数千円。
敵は空にいない。
街の中にいる。
いや——
本当の敵は、自分の迷いだ。
MA-1のジッパーを上げる。
ナイロンが、かすかに擦れる。
戦闘機のコクピットと、
タクシーの運転席。
似ても似つかない。
それでも俺は、
この運転席をコクピットだと思う。
そう思わなければ、
ただの流しで終わる。
玄関のドアを開ける。
冷たい空気が、頬に触れる。
街はまだ静かだ。
だが戦いは、
もう始まっている。
俺は地上を飛ぶ。
MA-1を着て。




