軽い金額、重い判断
薄暗くなってきた。
この時間帯になると、街の輪郭が少しだけ曖昧になる。
人はまだ動いている。
でも、歩く理由を探し始める時間だ。
──来る。
根拠はない。数字でもない。
ただ、今まで何百回も同じ空気を吸ってきた身体が、そう言っている。
ホテル野々の横に車を寄せる。
深く待つつもりはない。
「30秒でいい。出なければ動く」
そう決めた瞬間、カップルが視界に入る。
迷っていない。
人は迷っている時、立ち止まる。
この二人は歩いたまま視線を投げてきた。
──決まったな。
金沢駅、1000円。
金額は軽い。
でも、これは“合図”だ。
今日は流れがこちら側に傾いた。
駅前を見る。
賃走で出ていくタクシーは多い。
同時に、待機も増えている。
一台一分。二十台で二十分。
頭の中で即座に計算する。
……割に合わない。
「待ったら負けだ」
感情じゃない。
時間単価が合わないだけだ。
武蔵で右折。
片町方面へ、ただ流す。
欲を出さない。
“取りに行く”より、“当たる位置にいる”。
GOが鳴る。
やっぱりな、と思う。
驚きはない。
理由が分かるからだ。
上堤町から森山、1200円。
軽い。
でもこの一本で、東山に入れる。
──十分だ。
東山から武蔵へ戻る途中。
大手町で、またGO。
画面に表示されたのは名前じゃない、番号。
外国人。
経験が即座にラベルを貼る。
行き先を見る。
小松。
心臓が跳ねるほどじゃない。
ただ、背中の奥が熱くなる。
「今日は、ここだったか」
前から歩いてくる。
大きな体。堂々とした歩幅。
無理に急がせたら、全部が壊れるタイプだ。
ドアを大きく開ける。
ゆっくりでいい、と空気で伝える。
走り出す。
距離はある。
でも今日は、距離を取りに来た日じゃない。
“判断の積み重ねが正しかったか”を確かめに来た日だ。
小松で降ろす。
役目は果たした。
もう十分だと思った、その帰り道。
野々市でGO。
新保本町経由、片町。
4200円。
時計を見る。
タイムアップまで一時間残っている。
……ここで終われる。
それが、いちばん気持ちいい。
エンジンを切る。
今日は、運が良かったんじゃない。
待たなかった。
信じすぎなかった。
切るところで切った。
ただ、それだけだ。
それで十分な日も、ある。
今日は、良い日だった。




