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仕込みの日

一月三十日、金曜日。

雪。

三勤一休の、その「一休」。

走れない俺は、少しだけ考えた。

走れないのなら、仕方がない。

今日は、走る日じゃない。

仕込みの日だ。

街に出ない代わりに、

街のことを考える。

ハンドルを握らない代わりに、

判断だけを、頭の中で転がしてみる。

そこで、ひとつ気づいた。

一月。

給料が出て、二度目の金曜日。

その夜のリアルを、

俺はまだ、知らない。

――人は、

どんな場面でタクシーを使う気持ちになるのか。

知らないなら、

確かめるしかない。

俺は、

俺自身を使って、

それを確かめてみることにした。

昨日、

スナック加賀は

大雪のため休業していた。

そして今日は、

金曜日。

営業すると、出ている。

その一行を、

俺は小説の中で

勝手に使っていた。

大きな問題はないはずだ。

だが、

黙ったままは

俺の仁義に反する。

だから――

行ってみることにした。

スナック加賀へ。

開店は、二十一時。

片町には、

二十時を少し過ぎた頃に着いた。

早すぎる夜を

持て余さないために、

俺は一軒、

暖簾をくぐった。

以前、

タイミーで働いたことのある店だ。

居酒屋かかし。

ここで少しだけ、

時間を合わせる。

暖簾をくぐると、

顔馴染みの女の子の店員がいた。

「よっ」

俺は、

片手を軽く上げる。

彼女は一瞬だけ目を細めて、

すぐに笑った。

「いま、店長呼びますね」

そう言って、

奥へ声をかけてくれる。

――この感じだ。

説明はいらない。

ここでは、

ちゃんと“客”でいられる。

生ビールを頼み、

一気に飲み干す。

うまい。

続けて、

ちょんがりぶしのお湯割りと、

おでんの

餅巾着、

卵、

大根を頼んだ。

厨房を覗くと、

知った顔があった。

俺は、

片手を上げて、

短く声をかける。

「やっ」

一拍おいて、

返ってくる。

「あ〜、まこっちゃん」

それだけで、

十分だった。

ここでは、

歓迎されている。

しばらくして、

店長が言った。

「厨房、入っていいですよ」

俺は一歩、

中へ入る。

油の匂いと、

湯気の音。

近況を、

少しだけ話した。

仕事のこと。

雪のこと。

走れなかった今のこと。

聞いてくれる人がいる。

ただそれだけで、

時間はちゃんと前に進む。

食事を終え、

会計を済ませる。

店を出ると、

雪はまだ、

静かに降っていた。

スナック加賀へ向かう。

胸の奥に、

わずかな緊張が残っている。

ただ飲みに行くだけじゃない。

タクシーという仕事のために、

俺は

ひとつの計画を

胸にしまっていた。

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