一台目
今日の一台目は、
マダガスカルから来たというお母さんだった。
日本に来て、二年。
日本語はまだ拙いが、会話には困らない人だった。
後部座席には、
娘さんが二人。
小学校に上がったばかりの子と、
保育園に通っている下の子だった。
行き先は、
小立野小学校と、真行寺むつみ園。
朝のラッシュだった。
細心の注意で走っていたつもりだった。
それでも、
一台が無理に割り込んできた。
急ブレーキを踏む。
次の瞬間、
後部座席で子どもが前に飛んだ。
運転席の背中に、
はっきりとした衝撃が伝わる。
泣き声が上がった。
胸の奥が、ひやりとした。
俺は、すぐに口を開いた。
「すみません。
本当に、すみません」
お母さんは、
間を置かずに言った。
「大丈夫です」
それから、
泣いている子の方を向いて、
同じ言葉を繰り返した。
「大丈夫。大丈夫」
その声は、
子どもに向けたものだったけれど、
同時に、
俺にも向けられていた気がした。
泣き止まない子に、
俺は言った。
「ごめんね。
本当に、ごめんね」
雪の残る住宅街の細道を抜け、
まず、小立野小学校で上の子を降ろす。
この辺りは、
雪の影響でUターンができず、
一方通行も多い。
少しだけ、大回りするしかなかった。
ハンドルを取られそうになりながら、
さっきの衝撃が、胸の奥でよみがえる。
俺は、思わず言った。
「揺れますからね。
気をつけてくださいね」
お母さんは、
「大丈夫です」と、
すぐに答えてくれた。
先へ進むにつれ、
道はさらに細くなり、
走るのが難しくなる。
「難しいですよね」
お母さんは、
そう言って、
こちらを気遣ってくれた。
ようやく、
真行寺むつみ園。
下の子を降ろす。
ドアを閉める前、
お母さんが、
少しだけ言葉を探してから言った。
「もしよかったら……
毎日、このくらいの時間に、
この子たちを運んでもらえませんか」
指名だった。
ありがたい、
そう思ったのは本当だ。
でも、
俺は首を振った。
「すみません。
毎日は無理なんです。
いつ、どこにいるかは、
僕にも分からなくて」
嘘は言わなかった。
出来ないことは、出来ない。
お母さんは、
少し残念そうに笑って、
それでも、こう言った。
「そうですか。
今日は、ありがとうございました」
三人が降りて、
ドアが閉まる。
車内に、
朝の静けさが戻った。
売上でもない。
本数でもない。
それでも、
胸の奥に、
小さく残るものがあった。
毎日は無理だ。
でも、
今日のこの一台は、
確かに、
誰かの一日を運んだ。
それで、
十分だった。




