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行き先が変わった理由

最初に表示された行き先は、

駅だった。

放課後の時間帯。

石引のファミマ前に、

GOで呼ばれた。

制服姿が乗り込んできた瞬間、

よくある帰り道だと思った。

走り出してしばらくして、

俺の方から声をかけた。

「この辺りの高校ですか」

少し考える間があって、

一つ、学校の名前が出た。

それを聞いて、

俺は頷いた。

「うちの妹も、そこなんです」

それだけで、

車内の空気が一段やわらいだ。

中学の頃はバスケットボールをしていたこと。

今は、観る方が多いこと。

レイカーズ。

八村の名前。

話題は、ほとんど俺が振った。

お客様が笑えば、

俺はさらに一歩踏み込む。

俺は、

乗ってくれたお客様には幸せになってほしいと

本気で思っている。

だから、

場が明るくなるなら、

道化にだってなる。

アニメの話になった。

正直に言えば、

世代は違う。

だから、同じ話題で引っ張れるとは思っていなかった。

それでも、

この車内の時間だけは、

楽しいものにしたかった。

共通の話題はないか。

そう考えて、

俺の方から口を開いた。

「アニメって、観るんですよ。

 いい年なのに、ファンタジーって

 夢があっていいなと思ってて」

少しだけ間を置いて、続けた。

「ABEMAで、よく観てます」

すると、

間髪入れずに声が返ってきた。

「えーっ、私もABEMA観てます!」

そこで、

何かが揃った。

作品の名前が一つ、挙がった。

一瞬、俺は分かったふりをした。

「ああ、あれですね」

でも、すぐに引っ込めた。

「……すみません。

 それ、実は知りません」

間が空いて、

それから笑いが起きた。

その笑いで、

車内の空気が一段、軽くなった。

ただ、

途中で一度、

俺はブレーキを踏んだ。

「すみません、

 俺ばっかり喋ってますよね」

すると後部座席から、

少し意外そうな声が返ってきた。

「タクシーの運転手さん、

 あんまり喋らないので。

 新鮮で、楽しいです」

本心かどうかは、分からない。

気を遣った言葉かもしれない。

でも、

少なくともその時、

車内の空気はちゃんと保たれていた。

それで、十分だった。

しばらく走ったところで、

ナビの表示が変わった。

気付いた俺は、

「あ、行き先、変更されましたね」と声をかけた。

画面に出た距離を見て、

正直、

ロングになるな、と思った。

下世話だけど、

ラッキーだとも思った。

でも、それより先に口から出たのは、

これだった。

「ありがとうございます」

街を抜け、

車は外へ向かう。

距離は伸びたが、

会話は途切れなかった。

盛り上がったり、

少し静かになったり。

そのリズムが、

不思議とちょうどよかった。

目的地に着き、車を止めた。

降りる前に、俺の方から言った。

「すみません、

 俺ばっかり喋ってしまって。

 ありがとうございました」

すると彼女は、

少し笑って、こう返した。

「楽しかったです。

 ありがとうございました」

そのまま、笑顔で降りていった。

ドアが閉まり、

エンジン音だけが残る。

少ししてから、

気づく。

最初から、

ここへ帰るつもりじゃなかったんだろう。

楽しかったから、

盛り上がったから、

距離を伸ばしたんじゃない。

この時間を、

ちゃんと大事に扱われたと感じたから、

少し遠くまで任せてもいいと思えた。

この仕事は、

人を目的地まで運ぶ仕事だ。

でも俺は、

その人の時間を、

少しでもいいものにしたいと思って

ハンドルを握っている。

ロングになったのは、結果だ。

感謝が先に出たのは、

たぶん、

この仕事が好きだからだと思う。

あの一本は、

きっとそういうことだった。

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