返事をしたのは、人だった
山中温泉から金沢へ戻ってきた時、
俺は正直、疲れていた。
八号線を下り、
野々市を抜け、
横川、有松。
街へ戻る道は、もう身体が覚えている。
さっきまで、街は完璧に噛み合っていた。
ロングも取れた。
判断も外していない。
――もう十分だ。
どこかで、そんな気持ちも芽生えていた。
だが、街はまだ生きていた。
ただ、さっきまでとは違う。
静かに噛み合っていた歯車が、
勢いだけで回り始めた感じがあった。
片町と郊外を行き来する呼び出しが続く。
行って、戻って。
吐き出して、吸い戻される。
駅西本町。
一人を降ろす。
深呼吸をしようとした、その直後。
またGOが鳴る。
堀川。
高架下をくぐり、
フォーラスを右に見て、
ホームランの前で車を止める。
焼肉屋。
店内にいるのだろう。
なかなか出てこない。
雪が強い。
待っている間に、
車に積もった雪を落としておこうと思い、
トランクを開ける。
スノーワイパーでフロントの雪を払う。
その動作だけで、
少しだけ頭が冷えた。
車内に戻ると、
モバイルの着信履歴に気づく。
お客様からだ。
折り返そうとした、その瞬間、
再び着信が鳴る。
「何やってんだよ。早く来いよ」
指定された場所にいると答える。
「違うよ、バカ。向かいにいるんだよ」
周囲を見る。
だが、分からない。
「こっちからは見えてるんだよ。
早く来いよ」
ようやく現れた客は、
ジャニーズ系の顔に、
ホストみたいな出で立ち。
香水と酒の匂いをまとっていた。
車内に乗り込むなり、言う。
「何であそこにいたんだよ」
俺は、
モバイルに表示された場所に
いた旨を伝えた。
「そんな訳ねーだろ。
コッチはちゃんと入れてるんだから」
以前にも、
同じようなことがあったのを思い出し、
「たまにあるみたいです」
と答えた。
「機械のせいにするのか?」
正直、腹は立っていた。
だが、その一言で、ハッとした。
困った俺は、口にする。
「申し訳ございません。
タクシーに乗り始めたばかりの新人で、
よく解らないのです」
「今度は言い訳か?
金もらってるんだろ?
プロだろうが」
その言葉は、きつかった。
だが、どこかで正しいとも思った。
だから言った。
「申し訳ありません。
甘えていました。
お客様のおっしゃる通りです」
「もういい。片町に行って」
客のスマホが鳴り、
軽薄な会話が車内に流れる。
電話が終わり、
しばらくの沈黙。
そのあと、
後部座席から声がした。
「運転手さん、さっきはすいませんでした」
俺は、ミラー越しに一度だけ目をやり、
答えた。
「いいえ。
お客様が言われた通り、
甘えていたと思います。
本当に申し訳ありませんでした」
そこから、
片町へ向かう短い距離で、
ポツポツと会話が始まった。
東京の話。
後輩の結婚式で来たこと。
金沢出身だということ。
「東京に比べて、
金沢って緩くないですか?」
片町の灯りが近づく中、
俺は少し考え、
確かにそうかもしれない、と答えた。
街はもう返事をしなかった。
だが、
堀川から片町までのこの短い距離で、
人は、ちゃんと返事をした。
それで、十分だった。




