街には時合がある
ハンドルは少し擦り切れている。
手に馴染むまで、そう時間はかからなかった。
俺はいろんな仕事をしてきた。
どれも悪くはなかったが、
どれも長くは続かなかった。
今はタクシーに乗っている。
そして、正直に言うと――
この仕事が一番面白い。
理由は単純だ。
これは釣りだ。
街には時合がある。
さっきまで死んでいた水面が、
ある瞬間から息をし始める。
ポイントもある。
適当に流しても、魚は食ってこない。
人の動線、灯り、雨、時間。
全部が揃った場所だけが、生きている。
ランカーが掛かる夜もある。
メーターが跳ねる。
心臓が一拍遅れて鳴る。
正直、気分はいい。
だが、
800円を10本釣った夜も嫌いじゃない。
数を重ねると、
街の癖が少しずつ見えてくる。
雨が降ると、街は口を開く。
ワイパーの音が合図みたいなもんだ。
人は濡れるのが嫌いだ。
魚と同じで、動く理由がはっきりしている。
客にも種類がある。
観光客、通勤者、病院帰り、夜の住人。
狙いを間違えれば、
一晩中ノーバイトだ。
考える。
読む。
投げる場所を決める。
当たれば来る。
来なければ、次に行く。
この仕事がいいのは、
結果が嘘をつかないところだ。
メーターは正直だ。
慰めもしないし、同情もしない。
出た数字が、
そのまま今夜の俺だ。
楽しいかって?
ああ、悪くない。
むしろ、
今までで一番マシな夜を過ごしている。
初老と呼ばれる年齢で、
俺はようやく分かった。
焦らなくなった分、
外すことも減った。
これはたぶん、
天職ってやつだ。
俺は今日も街に出る。
ルアーは投げない。
代わりに、静かな交差点で待つ。
次のアタリを、
疑いながら信じている。




