想定外
毎月二十日が、
うちの会社の締め日だ。
二十一日からが、新しいスタートになる。
一月二十二日、木曜日。
雪。
タクシーに乗り始めて、十三日目の夜だった。
労務の関係で言えば、
本来なら俺は今日と明日、
公休日のはずだった。
明日、二十三日。
金曜日。
世間一般では、給料日だ。
街は動く。
財布の紐が緩む。
飲みに出る人間も増える。
――なら、その前日はどうなる?
俺は、ふと考えた。
もしかすると、
今日の夜は一年の中でも、
最も弱い一日のひとつなんじゃないか。
金はない。
雪は降る。
明日は給料日。
わざわざ今日、
外に出る理由がない。
数字の上では、
走らない理由はいくらでも並ぶ。
休む方が、
むしろ合理的ですらあった。
それでも俺は、
その「弱さ」を
机の上じゃなく、
ハンドルの向こう側で
確かめてみたくなった。
どれだけ鳴らないのか。
どれだけ街が沈むのか。
どこまで我慢が必要なのか。
それを知らないまま、
「今日は弱い日だ」と
分かった顔をするのが、
どうしても嫌だった。
だから俺は、
出勤を決めた。
長く動くつもりはない。
無理もしない。
郊外の飲食店。
そこから片町。
そして、
片町から流れる酔客の帰宅。
それが、
どんな夜になるのか。
――それを知るためだけに、
俺はハンドルを握ることにした。
郊外からの動きを、
自分に置き換えて考える。
会社を終え、
家に帰る。
シャワーを浴びる。
友人との待ち合わせは、
近所のサボテン食堂。
時間は、十九時。
軽く一杯。
腹八分。
長居はしない。
そこから片町に向かうとしたら、
二十一時前後だろう。
雪の日だ。
歩きたくはない。
――その時、
タクシーを使うか?
俺は、
その問いを何度も頭の中で転がした。
答えが出る頃には、
狙いは定まっていた。
二十一時。
郊外の店。
そこに照準を合わせるなら、
出庫は二十時半がちょうどいい。
その時間に合わせるため、
俺は二十時十五分に出勤した。
434号車。
今日から、俺が乗るタクシーだ。
駐車場所を確認する。
なるわ営業所。
立体駐車場。
屋上。
――思わず、息が漏れた。
俺の乗るタクシーが、
雪に埋もれていた。
ボンネット。
フロントガラス。
屋根。
ドアミラー。
全部、白だ。
想定していなかった。
完全に、想定外だった。
スコップを手に取り、
無言で雪を落とす。
指先が冷える。
息が白くなる。
屋上の風は、
地上よりも強い。
思った以上に、
時間を取られた。
ようやくエンジンをかけ、
車を動かせたのは、
二十時四十五分。
頭の中で組み上げていた計画は、
大きく崩れていた。
――もう、二十一時だ。
郊外の店。
最初の波。
その入口に立つ前に、
俺は十五分、
失っていた。
雪は、
そんなことを気にも留めない。
街は、
俺の都合なんて知らない。
これが現場だ。
これが実際だ。
机の上では、
絶対に見えなかったものが、
いきなり目の前に現れる。
それでも俺は、
ハンドルを握った。
今日は、
強い日じゃない。
でも、
弱い日にも、
弱い日の戦い方がある。
そう信じて、
434号車を
ゆっくりと走らせた。
――夜は、
もう始まっていた。




