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左折の理由

8時半に着くように、

武蔵方面のホテル群へ向かう。

だが――

街は、気まぐれだ。

彦三を過ぎる頃、

GOが鳴る。

一瞬、間があった。

釣り人の性で、

反応してしまう。

アタリが出たら、

手が先に動く。

考えるのは、その後だ。

受けた瞬間、

契約は成立する。

行き先を選ぶ権利は、

もう、こちらにはない。

画面に表示された目的地は、

狙っていた流れとは、

まるで逆だった。

街は、

俺を遠くへ運ばせる。

行き先は、小立野。

距離は、短い。

――少しだけ、

期待していた朝とは違った。

小立野でお客様を降ろす。

そのまま、本多の森ホールの前を抜け、

兼六園方面へハンドルを切る。

8時45分。

まだ早い。

この時間、

兼六園に観光客は、ほとんどいない。

市役所の前を通過し、

香林坊を右折する。

休日だ。

人の流れが、

ようやく、立ち上がり始めていた。

武蔵に近づくにつれて、

スーツケースを引く人間が、

ぽつり、ぽつりと視界に入ってくる。

俺の三台前。

一台のタクシーが、

人を拾った。

――来ている。

だが、ここは大通りだ。

車の流れは速い。

ホテル前で、

減速はできる。

だが、停まれない。

俺は、

左折を重ねる。

一度、

来た道へ戻るために。

――またか。

戻ってきた俺の前を、

一台のタクシーが走っている。

そして、

さっきと同じように、

お客様を乗せ、

そのまま走り去っていった。

悔しい。

だが――

狙いは、間違っていなかった。

さらに左折を重ねる。

次は、

ちゃんと停まれる位置だ。

俺の番だった。

若い夫婦。

行き先は、

中央卸売市場。

「観光ですか?」

そう聞くと、

二人は笑って、うなずいた。

東京から来たという。

金沢には、二泊三日。

昨晩、

入ったバーで、

こんな話を聞いたそうだ。

「近江町の寿司は、観光客向けですよ」

「地元の人は、あそこで食べない」

「行くなら、中央卸売市場だって」

だから、

朝一で行ってみることにしたらしい。

俺は、

小さくうなずいた。

――いい情報をもらったのは、

この二人じゃない。

俺のほうだ。

そう思った。

それから、

少しだけ間を置いて、

こう告げた。

「実は、

タクシーを始めて、

まだ一週間も経ってないんです」

二人は、

少し驚いた顔をして、

それから笑った。

俺は、

ハンドルを軽く握り直した。

この話は、

覚えておこう。

また、

次の誰かを乗せた時に。

――街は、

こうやって、

巡ってくる。

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