街の深視力
前職のトラックドライバーから、
タクシードライバーに転職するまで、
二カ月ほどの空白があった。
二種免許の取得で、
深視力検査に落ちた。
二種免許がなければ、
一カ月に一度しかない、
タクシードライバーの乗務員章をもらうための講習会に参加できない。
順番が、完全に止まった。
進みたくても、進めない。
待つしかない時間が、ただ積み重なっていく。
その間、無収入だった。
だから、タイミーでバイトをしまくった。
日替わり。
単発。
場所も、仕事内容も、毎回違う。
気づけば、スマホの画面には
タイミーのアイコンが残ったままになった。
消す理由もなく、
今も、そこにある。
お気に入りにしていたバイト先からは、
今でも通知が届く。
ある日、
ホテルの清掃の募集通知が来た。
ベッドメイク。
浴室。
チェックアウト後の部屋。
その通知を見た瞬間、
俺は、ひらめいた。
――清掃の募集が出ているということは、
――チェックアウトが多いということだ。
チェックアウトが多いということは、
荷物を持って、移動する人間が多い。
つまり――
タクシーの需要が増える。
トラックに乗っていた頃には、
考えもしなかった発想だった。
だが、街を歩き、
別の仕事をし、
客の立場に近づいたからこそ、見えた。
走れなかった二カ月は、
無駄じゃなかった。
あの頃の俺は、
ハンドルを握っていなかったが、
街を読んでいた。
だから今、
ホテルの前を通ると、
自然と速度が落ちる。
清掃員が出入りしている朝。
スーツケースの音が重なる時間。
――来るな。
そう思えるようになったのは、
あのタイミーの通知が、
今もスマホに残っているからだ。
走れなかった時間は、
ちゃんと、今に繋がっている。
チェックアウトが、集中する時間は――
朝だ。
正確に言えば、
8時半から10時半。
ホテルの清掃に入ったことがある人間なら、
身体で覚えている時間帯だ。
ビジネス客は早い。
7時台に出る人もいる。
だが、その多くは
会社の車か、徒歩圏内だ。
本当に動くのは、
8時を過ぎてから。
スーツケースを引く音が増える。
エレベーターが、なかなか来なくなる。
フロントの前に、人が溜まり始める。
9時前後。
ここが、一番厚い。
観光客。
出張帰り。
チェックアウトぎりぎりまで部屋にいた人間。
荷物を持ち、
次の目的地へ向かう。
バスを待つには、時間が足りない。
レンタカーは、面倒だ。
――タクシーだ。
10時半を過ぎると、流れは落ち着く。
清掃員が一斉に部屋へ入り、
人の“移動”は、ひと段落する。
だから狙うなら、
8時半から10時半。
ホテル前。
もしくは、ホテルから出る導線上。
俺は、そう決めた。
トラックを運転していた頃には、
一度も考えなかった時間帯だ。
だが、
清掃をやり、
通知を受け取り、
立ち止まった二カ月があったから、
この答えに辿り着いた。
走れなかった時間は、
街の癖を覚える時間だった。
だから今、
朝のホテル前で、
俺は焦らない。
――来る時間は、もう知っている。




