確実という罠
金沢駅タクシープール。
待っていれば、確実にお客様が乗ってくれる場所だ。
ただし――
この乗り場には、ドライバーだけが知っている厳格なルールがある。
列の詰め方。
車間。
順番は、絶対。
破れば、本人は十日間の出入禁止。
さらに重いのが、会社全体へのペナルティだ。
所属車両すべてが、二日間、駅に入れなくなる。
だから会社からは、こう釘を刺されていた。
「慣れるまでは、駅は入らなくていい」
それは忠告であり、
同時に命令でもあった。
――分かっている。
分かっているが、
金沢駅という場所は、
新人の胸を否応なくざわつかせる。
二種免許は、長野で合宿をして取った。
その合宿で一緒になり、
同じ日に免許を取り、
同じ日に入社した年下の同期がいる。
ライバルというほどの関係じゃない。
だが、
意識はしてしまう存在だ。
そいつは、初日からプールに入っているそうだ。
ルールは理解しているのか。
そう聞くと、
「入ってから、周りにいる先輩ドライバーに聞きまくった」
そう答えた。
教えて欲しいと思った。
ルールさえ守れば、会社も何も言わないはずだ。
俺は頼んだ。
教えてくれと。
ソイツは、快く応じてくれた。
二台、連なって。
営業所を出て、駅まで来た。
駅のプールでは、右から順番に並ぶ。
一列目は、すでに埋まっていた。
俺たちは、二列目の五番目と六番目に並んだ。
前方に見えるタクシー乗り場には、
三台分の待機スペースがある。
そこから一台出るごとに、
プールから一台ずつ、待機場へと進める仕組みだ。
つまり――
実質、
俺たちの順番は、
十八番目と十九番目になる。
ソイツは助手席側。
俺は運転席側の窓を開け、喋った。
仕事は楽しい。
でも、どうすれば売上を上げられるのか、解らない。
そう話した。
ソイツは、笑いながら言った。
「ここにいれば、確実ですよ」
そうだろうな、と初めは思った。
けれど、ウィークデイの十時頃。
晴れ。
出勤ラッシュはとうに終わり、
観光客も少ない。
前に見える待機場のタクシーも、
なかなか動かなかった。
十分が経過し、
ようやく待機場のタクシーが一台、出て行った。
こうなってくると、
焦りが出てくる。
駅のプールは、
並ぶことと引き換えに、
会社依頼も、GO搭載の呼び出しも、かからない。
俺は、周りを見回した。
タクシードライバーの平均年齢は高い。
周囲にいるのは、
高齢のドライバーばかりだということに気づいた。
タクシードライバーには、いろんな人間がいる。
年金をもらい、
小遣い稼ぎとしてハンドルを握る者もいれば、
大きな収入を得るために、この仕事を選んだ者もいる。
もちろん、
俺は後者だ。
隣で話しかけてくる男は、
それに気づいているのだろうか。
俺の前には、十数台のタクシーが並んでいる。
この待機は、無駄だ。
俺の心はざわついた。
話しかけてくる男が、
疎ましく思えてきた。
少しずつ回転が上がり、
ようやく自分の番のお客様を乗せたのは、
一時間を超えてからだった。
近江町市場まで、七百円。
どこまで行き、
いくらだったかは、はっきり覚えている。
なのに、
このお客様が
男だったのか、女だったのか。
何人で乗ったのかさえ、覚えていない。
今の俺は、日勤勤務だ。
最大で、十三時間までしか働けない。
そのうちの一時間以上を、
こんな場所で、溶かしてしまった。
でも俺は、
偶然とはいえ、
日本一になったタクシードライバーと出会っている。
「すべてのお客様に、幸せになってもらうつもりで運転していた」
そう聞いてしまった男だ。
それを、
真似てみようと決意した俺が、
ここにいるのは、不自然だ。
俺は決めた。
二度と、タクシープールには並ばない。




