第三話
アリアは今、静まり返った格納庫でヴァルキュリアの前に立っていた。
かつてリュカの狙撃によって無残に粉砕された飛行ユニットは、継ぎ目ひとつなく完璧に修復されている。
元通りになったその姿を見上げ、アリアは安堵とも、あるいは逃れられない宿命への諦めともつかない溜息を漏らした。
「――あ、アリア!やっぱり、来てたんだね!」
ハッチが解錠された音を聞きつけたのか、ミナが息を切らせて駆け込んできた。アリアの姿を認めるなり、その顔にパッと灯がともる。
「心配したんだよ!ずっと部屋から出てこないんだもん……」
「……ごめんね、ミナ。心配かけて。なんだか、まだ外に出る気分になれなくて」
俯くアリアの細い肩を、ミナは迷わず強く抱きしめた。
軍の冷たい防護服越しにも伝わる、親友の熱い体温。アリアの悲しみを分かち合うように震えるミナの腕が、今は何よりも頼もしかった。
「……ミナ、ありがとう」
「いいんだよ。色々あったもん、仕方ないよ……」
二人はしばらくの間、言葉を交わさず、ただ互いの存在を確かめるように抱きしめ合った。その光景を、深紅の魔導核を湛えたヴァルキュリアが、無機質な瞳で見つめている。
「アリア。ユニットは完璧に直ってると思うけど……あんまり無理して戦場に行かないでね。その……前に行ってた『声』、まだ聞こえてるの?」
ミナが身を離し、不安げにアリアの顔を覗き込む。
「……聞こえるよ。前よりもずっと、ハッキリと。……彼女が、戦場に出たがってる」
「彼女って……やっぱり、前の英雄……グレイス・ヴァレンティアなのかな?忽然と姿を消したっていう、アリアの前のパイロット……」
ミナの表情が曇る。失踪した英雄の亡霊が、親友をどこかへ連れ去ってしまうのではないか。その恐怖が、彼女の瞳を揺らしていた。
「心配だよ、アリア。アリアまで、あの英雄みたいに消えちゃうんじゃないかって」
アリアは少しだけ寂しげに、けれど確かな意思を持って微笑んだ。
「大丈夫だよ。約束したでしょ?『ただいま』って言いに戻ってくるって」
「……うん。そうだね。……ちゃんとお帰りって、言わせてよね」
ミナは無理やり笑顔を作ると、アリアの両手を包み込むように握りしめた。それは、過酷な運命から親友を繋ぎ止めるための、切実な契約のようでもあった。
――その光景を、格納庫の暗がりから冷徹に見つめる視線があった。
「あれがアリア・フィオルの友人、ミナ・ロウか……」
気配を完全に消したその影は、手元の端末に何かを打ち込みながら、低く呟いた。
「いざという時に使えそうかな……」
感情を排除したその言葉を残し、影は音もなく立ち去る。
不意に背筋を凍らせるような悪寒を感じたミナが、周囲を見渡したときには、そこにはただ重苦しい機械の静寂が広がっているだけだった。
「……ミナ、どうしたの?」
「ううん、なんでもない……かな。それよりアリア、今日の晩ご飯は一緒に食べようよ!」
ミナの明るい声に、アリアは静かに頷く。
二人は不穏な気配の残る格納庫を後にして、温かな光の灯る食堂へと歩き出した。




