第一話
本部へ帰還して数日が経過したが、アリアは自室の暗闇に閉じこもったままだった。
かつて辺境で友情を育んだミナが、何度も扉越しに声をかける。だが、返ってくるのは感情の抜け落ちた短い言葉ばかりで、心の距離は一向に埋まらない。
ミナに誘われ、カイルは重い足取りで食堂へと向かった。
「……アリアのやつ、少しは何か食べたか?」
「ううん、ダメ。返事はしてくれるんだけど……まるで幽霊と話してるみたいで」
かつては兵士たちの喧騒で溢れていた食堂も、今は葬儀場のように冷え切っていた。灰翼中隊だけではない。あの激戦区で、あまりに多くの命が消え、生き残った者もバラバラに再編されようとしていた。
「無理もないよ。中隊は、ほぼ全滅……生き残った人たちも、みんな別の部隊へ回されたって聞いてる……」
「俺だって、いつアリアと引き離されるか。そうなったら、あいつは本当に一人になっちまう」
二人が不安を分かち合うテーブル。その向かいの席に、ふいに一人の影が落ちた。
置かれたのは、飾り気のない定食のプレート。カイルたちが顔を上げると、そこには軍の最高責任者――ルイーズ・ハルバートが平然と座っていた。
「……ッ、総大将!?」
反射的に立ち上がり、敬礼しようとする二人を、ルイーズは手で制した。
「畏まる必要はない。私もただ、腹が減っただけだ……と言いたいところだが。カイル・ヴェルナー、君には話しておかねばならないことがある」
ルイーズは淡々とフォークを動かしながら、視線を上げずに続けた。
「君の配属先が決まった。……アリアと同じ部隊だ。私から進言させてもらったよ。今の彼女には、戦場でも日常でも、精神的な支えが必要だとね」
その言葉に、カイルとミナは弾かれたように強く頷いた。
「ありがとうございます、総大将……!」
「礼には及ばない。だが、これだけは覚えておけ。……新たに編成される特務部隊の隊長、ヘルマン・グレイスナーという男は、決して信用するな。金とコネで地位を買うような手合いだ」
ルイーズの声が、わずかに鋭さを増す。
「だが、副隊長に就くダリル・ハーヴィス大尉は違う。彼はレオンの同期で……私達の幼馴染だ。厳しい男だが、彼なら君たちがアリアを守る手助けをしてくれるだろう」
ルイーズは皿を空にすると、一度だけ二人へ向け、慈しむような、あるいは懺悔するような視線を投げかけて席を立った。
「……今後の、君たちの健闘を祈る」
最高権力者が去った後、カイルは冷めかけた昼食を一口飲み込んだ。
「次に配属される部隊……相当、一筋縄じゃいかなそうだな」
「うん。でも、味方がいるって分かっただけでも良かったよね」
二人は空いた食器を片付けると、それぞれの覚悟を胸に、新たな配属先へと歩き出した。




