第七話
灰翼中隊が最前線へと送り出された数日後。アリアは、割り当てられた仮設宿舎の片隅で、電気もつけずに蹲っていた。
暗闇の中で、唯一の希望のように光を放つ携帯用の魔導通信機を、彼女はただ、縋るように見つめている。
『ねえ、アリア……大丈夫?ヴァルキュリアのパイロットになってから、ずっと声が暗い気がするよ』
通信機から漏れるミナの声は、どこまでも温かい。
「……怖いよ、ミナ。機体に乗るたびに、頭の中に『声』が聞こえてくるの。意識の奥に冷たい水が流れ込んでくるみたいで……私が、私じゃなくなっていく気がする」
震える指先で通信機を握りしめる。あの美しい、けれど絶対的な「何か」に精神を侵食されていく感覚。アリアは、魂を削り取られる恐怖に震えていた。
『大丈夫!アリアはアリアだよ!私の世界一の親友、アリア・フィオルだって私が保証する!』
ミナの精一杯の明るさが、暗い部屋をわずかに照らす。
『私ね、近々本部に戻れそうなの。そしたらまた、顔を見て話せるね』
「私……帰れるかな……」
『当たり前でしょ!ちゃんと「お帰りなさい」って言わせてよね!約束だよ!』
他愛のない、けれど今の彼女にとっては生命線そのものの会話。
「……うん。ちゃんと帰るよ。帰って、ミナに『ただいま』って言う」
アリアの口元に、数日ぶりの小さな笑みがこぼれた。
――。
その頃。レオン・ハルバートは、部下を率いて辺境のガルド帝国駐屯地に潜伏していた。
王国上層部から下されたのは、一握りの少数部隊で敵拠点を制圧せよという、死刑宣告に近い無理難題だった。
「……ったく。使い捨ての駒扱いも大概にしろよ」
レオンは皮肉を吐き捨てると、通信機を開いた。
「総員、慎重に接近しろ。……嫌な予感がする。いつでも退ける準備をしておけ」
静寂が支配する建屋。だが、闇の中から漆黒の機体が滑り出してきた。それを合図に、周囲の物陰から伏兵が次々と姿を現す。
「伏兵か!囲まれるな、散開しろ!」
レオンは愛機を駆り、肉薄する敵を鮮やかに斬り伏せる。
だが、反撃に転じようとしたその瞬間――。
――キィィィィィィン……!
耳を劈く不吉な高周波。部下たちの白い機体の魔導核が、一斉に、どす黒い赤色に明滅し始めた。
「なっ……!?暴走だと!?英雄の誕生で、この呪いは消えたはずじゃ……!」
コックピットが警告色に染まり、パイロットたちの悲鳴が通信機を埋め尽くす。
暴走により混乱した機体は敵の餌食となり、あるいは自らの魔導核が引き起こす爆発に飲み込まれ、一瞬で戦場を光の塵へと変えていった。
「くそっ……!仕組まれてやがったか……!!」
レオンの専用機も例外ではなかった。出力が暴走し、緊急警報を響かせながらコックピットが真っ赤に染まる。
洗脳教育を受けたガルド帝国の兵士たちは、自爆の予兆を見せるレオン機に、己の命を投げ打つような執念で食らいつき、緊急脱出の隙を作らない。
死を告げる警報が、狂ったように鳴り響く。
そして最後に一際大きな警報音が鳴り響くと、レオンの乗る機体も辺りを巻き込みながら強烈な光に包まれ、そこに立つものはいなくなった。




