第三話
深夜。レオンは自室のデスクで、数枚の資料を並べていた。
『魔導核の暴走』、『英雄グレイスの消失』、そして『ヴァルキュリア・フレームの構造特記』。どれも軍内部では厳重に管理され、一般の士官では目にすることすら叶わない秘匿情報だ。
「本当に……あれはただの事故だったのか……?」
手元の資料を指でなぞる。一年前、自らの目の前で散っていった部下たちの顔が脳裏を過る。
レオンは一枚の個人記録票を手に取った。
――リアム・フィオル。
アリアの兄。実直で、誰よりも仲間想いだった男。
爆発の直前、ノイズ混じりの通信機から漏れ聞こえてきた、妹の名を呼ぶ声をレオンは生涯忘れないだろう。己の死を悟りながら、ただ一人残される肉親の名を呟いた、あの震える声を。
重苦しい沈黙の中、扉を叩く鋭い音が響いた。
「私だ、レオン。入るぞ」
返事を待たず、迷いのない足取りで入ってきたのは、魔導兵部隊総大将ルイーズ・ハルバートだった。
「姉貴か……。いつもの事だが、ドアを開けるのは返事をするまで待ってくれないか」
「細かいことを言うな。それと、軍服を着ている時に私を姉と呼ぶなと言っているだろう」
ルイーズはデスクに広げられた資料を冷徹な一瞥で射抜くと、吐き捨てるように言った。
「レオン。暴走事故の件、これ以上深入りするのはよせ。……これは総大将としての公的な命令だ」
その言葉に、レオンの眉間に深い溝が刻まれる。
「焦って一人で先走るなと言っているんだ……」
ルイーズの声が、わずかに柔らかい「姉」のものに変わった。
「姉貴……いや、総大将。王国政府の連中が何を隠しているのか、あんたは掴んでるのか?」
「いいや。だが、閣僚連中が私の背後で不気味な動きを見せているのは確かだ。どうやら、軍の最高責任者である私にさえ、その『核』には触れさせたくないらしいな」
ルイーズは皮肉な笑みを浮かべ、わずかに首を振った。
「レオン。お前は私の実弟だ。それだけで連中からは格好の監視対象にされている。これ以上、藪をつついて蛇を出すような真似はするな。分かったな?」
「……ああ。分かっているよ。俺もわざわざ政府を敵に回すつもりはないさ」
「ならいいんだ。……アリアのことは頼んだぞ。あの子はもう、ただの兵士じゃない。この国の、そして連中の『所有物』に等しい存在なのだから」
嵐のような気配を残し、ルイーズは去っていった。
残されたレオンは、デスクに散らばった資料を再び見つめる。
「……やはり、政府が噛んでいるか」
『魔導戦装ヴァルキュリア・フレーム』。
資料に記されたその開発責任者の名は、既に王国の名簿からは抹消されている。
レオンは全ての情報を纏めると、それを鍵のかかる引き出しの奥底へと沈めた。
重い金属音が、真実をこれ以上外に漏らさぬよう、固く部屋に響いた。




