第二話
アリア・フィオルが『女神の翼』を纏ってから、一年が過ぎた。
純白の機体ヴァルキュリアの存在は、今やガルド帝国にとって死神の象徴としてその名を轟かせている。
だが、戦場に立つ彼女にかつての面影はなかった。
魔導核を真っ赤に染め、敵軍を文字通り蹂躙するその姿は、まるで深い憎悪を動力源にしているかのようだった。敵を一人残らず消し去れば、この終わりのない地獄が終わると信じ込んでいるかのような、危ういまでの執念。
「英雄専用機、か。……響きはいいが、見てらんねぇよな」
灰翼中隊の待機室。カイルが誰に言うでもなく、寂れた共有スペースの片隅で呟いた。
アリアが選ばれてからというもの、中隊は激戦区ばかりを転戦させられるようになった。並び立つ椅子は、一年前より明らかに数が減っている。重傷を負い、あるいは帰らぬ人となった仲間たちの空白が、部屋の空気を冷たく沈ませていた。
「暴走事故の話を聞かなくなったのは、せめてもの救いだがな。『英雄の加護』か……。馬鹿げたオカルトだと思ってたが、こうも目の当たりにしちゃ信じざるを得んか」
ユリウスもまた、使い古されたマグカップを眺めながら苦い声を漏らす。
「ユリウス班長。少し聞きたいんですけど……兵士が持ってる魔導素の量って、正確に計る方法はないんですか?」
「計測、か。……大抵は機体を動かせるかどうか、大雑把な適性を計るだけだ。お前の時もそうだったろ」
「ええ。でも、アリアの時は『十倍』だなんて、具体的な数字が出てたじゃないですか」
カイルの疑問に、ユリウスは視線を落とした。
「精密な測定器の研究がされてるって噂はあったが、主導していた学者が四年くらい前に亡命したか何かで、頓挫したと聞いていたんだがな……」
「――人手不足の軍部にしては、珍しく仕事が早かったようだ。その研究には、続きがあった……」
背後から響いたのは、中隊長レオンの声だった。
「隊長……。測定器の話、本当なんですか?」
「ああ。頓挫したと思われていた研究を、水面下で完成させていた者がいたらしい」
レオンの言葉に、ユリウスが眉をひそめる。
「レオンか。いや、機械の話はどうでもいいんだが……アリアの奴はどうなんだ。最近は最前線に出ずっぱりで、まともに休んじゃいないだろ」
レオンはわずかに間を置くと、二人の不安を見透かすように、静かに、そして重く口を開いた。
「問題ない……とは言い難いな。任務以外の時間は、自室からほとんど出てこない。精神的な摩耗は限界に近いだろう」
沈黙が部屋を支配する。
「……まあ、お前たちは変わらずアリアの支えになってやってくれ。俺も可能な限り傍にいてやりたいが、最近は上からの別任務が多くてな」
レオンはどこか努めて明るい口調を作り、二人の肩を軽く叩いて部屋を後にした。
その背中を見送りながら、カイルは小さく震える拳を握りしめた。
「アリアのやつ、あんな戦い方、いつまでも持つわけないですよ……」
「……分かってる。だが、これが『英雄』の義務だと抜かす上層部に、俺たちの声は届かねぇ」
ユリウスは深く、肺の奥に溜まった澱を吐き出すようにため息をついた。
「せめて戦場にいる時だけは、何があってもあいつを一人にするな。俺たちにできるのは、それだけだ」




