闇の街シェイド 3
シェイド3
私が目を覚ますと、アンジュの綺麗な銀髪が見えた。
そっと空いている左手で、髪を撫でる。ほのかにもぎ立ての果実のような香りのする髪を頭から首元まで撫でていく。右腕は腕枕に使われていたが、アンジュのの頭の重さも愛しい。
暗闇の街だけあって、朝もまっくらだ。いや、そもそも今は朝なのだろうか。
ロウソクの明かりが夜と変わらず揺れている。
「う、ん……」
こちらに寝転ぶアンジュの寝顔をすぐ近くに迫った。
ロウソクで輝く髪に透き通る白い肌。こぶりは鼻と口をもにゅもにゅさせていて可愛らしい。
しばらく寝顔を見つめていると、ゆっくりとアンジュが目を開いた。
「ん……おはよう、ユルク。寝顔見てたの? 恥ずかしいな」
「おはようアンジュ、可愛い寝顔だったよ、アンジュはお姫様みたいだね」
「そんなことないもん」
眠たげに目をこすり、私の胸の間に深く顔を埋めた。
「ユルクこそお姫様みたい、違う世界から迷い込んで来た優しくてカッコイイお姫様」
アンジュが胸に顔を埋めたまま言う。ぜんぜんお姫様なんかじゃないよと笑って、そっとアンジュの身体を離した。
部屋の時計は朝七時半を指していた。そろそろ朝食だろうか。それにしてもロウソクの明かりで朝の時間を確認することになるとは。なんとも調子が狂う。終わらない夜にアンジュとふたり迷い込んだみたいだ。
それなら、それもいいけれどーー
そんなことを考えてゆっくり身を起こした。
アンジュは甘えるように足に絡みついてくる。その頭を撫でて、深く呼吸した。
今日は闇の鉱石を得るために坑道をひたすら掘るつもりだった。こっちの世界に来てからいつぶりとなるだろう全力作業だ。ぐるりと腕を回して気合を入れる。
「ユルク、張り切ってるね」
「しっかりと鉱石をゲットしてこなきゃだからね。アンジュは街をみていておくれ」
「うん、いい子にお留守番しているから、早く帰って来てね」
「わかったよ、全力前進で掘り進めてくるさ。さて朝ごはんに行こう」
アンジュを立たせて、身支度をすると二人で連れ立って二階の寝室を出る。一階の食堂にはすでに料理が並び始めていた。
「よく眠れましたか、ユルクさん」
日の目の女性が宿に来ていた。黄色く光る光彩はネコを思わせる。
「おかげさまで。ロウソクの明かりばかりで、朝の感覚もないですが」
「朝食にはパンとスープをご用意しておりますので、ささっ」
日の目の女性が私とアンジュをテーブルに案内する。程なくしてパンとスープ、サラダに果実のようなものが運ばれて来た。
「朝食は闇豆を使用したパンになります。おかわりはご自由に、厨房のものにお申し付けください。スープはパンプキンを基調に少し甘辛く仕上がっております。サラダはグリーンリーフに特産の黒もやしをトッピング。果物はいっさい日を浴びず育つ珍味、ナルネオと申します」
日の目の女性が一通りメニューを早口で説明する。私はなんとなく納得してあとはもう食べてみるしかないだろうという感じ。アンジュを見ると彼女もそんな雰囲気だ。
「じゃあ、いただきますか」
「うん、ユルク。頂きます!」
「いただきまーす」
闇豆はコーヒーパンに良く似た味わい。バターが良く合う。スープは確かにパンプキンの甘さの中に、香辛料的な味を感じさせる。好みが分かれる味かもしれない。
黒もやしとグリーンリーフはさわやかで朝であることを感じさせてくれる味。ナルネオと言われる果実は少しリンゴに似た食感の果実だ。歯触りも優しくシャリっと飲み下せる。
「シェイドのご飯も美味しいね、わたし気に入ったかも!」
アンジュがパンにバターをふんだんに乗せていった、
「そうだね、陽の光がないこの街で果実や野菜がどう育っているのか興味深いな。スープの辛みもいい」
日の目の女性が運んでくれたやや濃い目のコーヒーを口にしながら、ひといきついた。
アンジュはコーヒーにたっぷりミルクと砂糖を混ぜている、微笑ましい。
朝の一息を終えたら炭鉱に鉱石の発掘作業だ。理由を話せば鉱石をいくらかで売ってもらえるかもしれないが、闇の街シェイドで炭鉱を掘るのは実は楽しみにしていたことだ。異世界人のパワーの見せ所である。
アンジュには日の目の女性がついていってくれるようなので安心だ。
「よし、そろそろ行きますか」
「うん、そうだねユルク」
まずは日の目の女性に炭鉱まで案内してもらい、そこから別行動という形になった。
朝食を終えた私たちはすぐに支度をして宿を出る。
「闇の街の炭鉱は人を暗闇に誘います。どうかくれぐれもご注意を」
道中、日の目の女性がそう言った。
暗闇に誘う、というのがピンと来なかったが、曖昧に返事をする。真っ暗な炭鉱が人を闇に誘うとはどういうことだろう。闇が深くて迷子になるということか。
宿屋を出るとアンジュが横に並ぶ。日の目の女性が前を先導するように進んで行く。
街中に彩るロウソクの明かりは華やかで、どういう製法をしているのか様々は色に輝いている。
明かりが強くなった一角で、日の目の女性が足を止め指差した。
「あそこが鉱石の採掘場になります。とても広いのでお気を付けを」
「ありがとう。それじゃ、行ってくるアンジュ。アンジュをよろしくお願いいたします」
「ユルク、頑張って来てね! 良い子に待ってるからね」
手を振るアンジュと一礼をする日の目の女性を見送って、一際明かりが強い場所を目指す。
そこではすでに筋骨隆々の男たちがひしめいていた。私は一休みしていた屈強な男性に声をかけた。
「お休みのところすいません、冒険者ギルドよりこの坑道の鉱石を持ってくる任務を承りました。ユルクと申します。工夫として働かせてもらえないでしょうか?」
「工夫、華奢なお嬢ちゃんがかぃ?」
苦笑交じりにいった男性が、ツルハシを持ち出した。
「こいつを両手でも持てたら考えてやってもいいぜ」
私はツルハシを受け取ると、片手で持ってブオンを振り回して見せた。工夫のおじさんは口をあんぐりとあけたまま閉めるのを忘れている。
「私、力には自信があるんですよ。今日一日雇ってください」
「あ、ああ。良いだろう。坑道の連中には話を通しておく。鉱石は掘り出した分の半分は報酬として持って行っていい」
「ありがとうございます」
私がツルハシを二本持って坑道の先に進むと、後ろから工夫の声がした。
「どんなに掘れたって、闇に飲まれるなよ! 暗闇に取りつかれるぞ!」
「はい、気を付けます」
闇に飲まれる。どういうことだろう。暗闇に、取りつかれるー―。
鉱山の中に入って見ると確かに暗い。通路に転々と明かりが取りつけられているだけだ。ここで迷子になるなという意味だろうか。なんとなくそれとも違う気がする。
とにもかくにも採掘しなくては話は進まない。炭鉱夫がいない場所を探して坑道をウロウロする。
ちょうどまっすぐにいくとぽっかりと空いた坑道が見つかった。先客もいないようだ。明かりが暗い。
「ここにしますか、よっと!」
右手に持ったツルハシを壁に叩きつけ、続いて左手に持ったツルハシを叩きつける。
壁面は面白いほど砕けていった。ダルクの言った「この世界じゃスーパーマン」なんて言葉が頭に甦る。単純な力作業ではまさにスーパーマンだ。
黙々と掘り進める。途中固い場所があったので下の方に道を変えて掘り降った。
どんどん奥へ。どんどん光の届かない場所へ。どんどん闇へ。
ふと、暗闇に包まれ自分が何をしているのかわからなくなる。この世界は闇。
暗い、真っ暗だ。そんな中に私ひとり。ああ、これが正しい在り方なのか。闇の中が恐ろしいのにたまらなく快くなる。もっと奥へ、もっと深い闇へ。もっと、もっとーー
後ろから声が聞こえた気がしたがまるで気にならない。更なる深みへ到達するだけだ。
世界に自分ひとりだけになったような錯覚が恐ろしくも心地よい。
「おい! 嬢ちゃんしっかりしろ!」
不意に、たくさんの声といくつもの光で私の闇はかき消された。